28. 12月 2016 · (300) 聖フィル♥コラム、一区切り はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム

おかげさまで300回! 聖フィル♥コラムをいつも読んでくださっている方、時々読んでくださっている方、今たまたま読んでくださっている方、どうもありがとうございます!

ホームページの上の「コラム」をクリックすると、2010年11月の「(0) 聖フィル♥コラム、始めます」から、300回分のタイトルがずらり(聖フィル♥コラム 総目次)。聖フィルが練習している曲や、作曲家に関するものが中心。でも、なるべく広い時代・分野の音楽を、様々な切り口で取り上げて来たつもりです。

コラムの中で訪問者数が多いのは:

  1. (39)  アウフタクトの3つの意味
  2. (98)  題が先か曲が先か?《シンコペーテッド・クロック》
  3. (140) 本当は「ブラボー!」じゃない!
  4. (61)  楽譜どおりに演奏してはいけない場合:バロック音楽の付点リズム
  5. (121) 超悪妻!?! チャイコフスキーの妻
  6. (41)  モーツァルトが作った交響曲はいくつ?
  7. (82)  1000年前の楽譜、ネウマ譜
  8. (27)  音楽史の時代区分
  9. (42)  神の楽器トロンボーン part 1
  10. (タグ) ソナタ形式の考え方シリーズ

おそらく、どなたかがどこかにリンクくださったのではないかしら。どうもありがとうございます!

この中で個人的に思い入れがあるのは、チャイコフスキーの妻のコラム。従来、人一倍繊細なチャイコフスキーに災難をもたらした、悪妻の見本のように言われて来ました。でも、最近の事典に「実はモンスターではなかった」と書かれていたのです。名誉挽回!と張り切ってアップしたものの、しばらくは反応が鈍く、がっかり。その後じわじわと訪問者数が増え、うれしく思っています。

《シンコペーテッド・クロック》では、アンダーソン自身のインタビュー記事を見つけて、やった!と思いました。そのままご紹介するだけでも、十分面白い内容だったからです。インターネット上には無責任な情報も氾濫していますが、日本にいながら19・20世紀の海外の資料を閲覧できるなど、大いに助けられました。信頼できる情報を選別し、出版物を当たる足がかりにするなど、うまく活用したいものです。

2014年5月に出版した『オケ奏者なら知っておきたいクラシックの常識』は、おかげさまで重刷され、現在も地味に部数を伸ばしています。180くらいまでのコラムからのセレクションで、「音楽史の時代区分」や「神の楽器トロンボーン」はほぼそのまま、「本当はブラボーじゃない!」や「バロック音楽の付点リズム」は一部書き改めて収めました。コラムを書き始めた事情も、あとがきで説明しています。是非、手に取ってみてください。

聖フィル♥コラムは、この300回で一区切りとさせていただきます。リフレッシュした後、新しい形で続けていければと考えています。その時はご案内しますね。皆さま、6年間どうもありがとうございました。

21. 12月 2016 · (299) クリスマスに聴きたい音楽 part 9  はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

聖フィル♥コラム12月恒例、クリスマスに聴きたい音楽その9は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハのクリスマス・オラトリオ BWV 248です。バロック音楽好きのオケ奏者には(もちろんバロック音楽好きに限らず)、1番人気の名曲でしょう。お待たせしました!

オラトリオはイタリア語で「祈祷所」の意味。「宗教的または道徳的な性格を持つ劇的な物語を、独唱・合唱・管弦楽のために作曲した作品」をオラトリオと呼び、「舞台装置、衣装、演技などを伴わず純粋に音楽的に演奏されるのが通例」です1。クリスマスに聴きたい音楽で最初に取り上げたヘンデルの《メサイア》は、英語のオラトリオの例ですね((6) part 1 参照)。

確かにバッハのクリスマス・オラトリオも、上記2つの条件を満たします。でも、オラトリオという名前にもかかわらず実際は、ルター派プロテスタント礼拝のための教会カンタータ集。コンサートやCDで一続きに聴くことが多いと思いますが、本来は分けて演奏されるべき6つのカンタータです。

なぜ6回分?? 教会暦では、クリスマスから1月6日エピファニー(不思議な星に導かれてベツレヘムに来た東方三博士が、イエスに礼拝した日。ルター派プロテスタントでは、顕現日 けんげんび)までの間を、降誕節と呼びます。この間、教会カンタータが必要な日が6回あったのですね。それぞれの内容は:

  1. 降誕節第1祝日(12月25日)用:主の降誕
  2. 降誕節第2祝日(12月26日)用:羊飼いへの告知
  3. 降誕節第3祝日(12月24日)用:羊飼いの礼拝
  4. 1月1日用:主の割礼と命名
  5. 新年の第1主日(日曜日)用:東方三博士の旅
  6. エピファニー(1月6日)用:東方三博士の礼拝

各カンタータは、曲数やレチタティーヴォ((102) 話すように歌うレチタティーヴォ参照)コラールなどの構成だけではなく、調や伴奏楽器の編成も異なります。もっとも編成が大きいのは、クリスマス第1祝日と第3祝日用で、トランペット3、ティンパニ、フルート2、オーボエ2(持ち替えでオーボエ・ダモーレも)、ヴァイオリン2、ヴィオラ、通奏低音((132) 楽譜どおりに演奏しても足りない場合参照)。もっとも編成が小さいのは第1主日用で、オーボエ・ダモーレ2、ヴァイオリン2、ヴィオラ、通奏低音です。もっとも曲数が多いのはクリスマス第2祝日用で、器楽のみのシンフォニーア(礼拝音楽の幕開けを告げる音楽ですね。(16)「交響曲」は開幕ベル参照)を含む14曲。

先日教会暦の説明をしたら、「クリスマス・オラトリオの謎が解けた」と感謝されました。クリスマスが終わった途端に新年の準備が始まる日本で暮らしていると、年明け6日のエピファニーまでクリスマスが続くなんて想像できないのも無理ありません。クリスマスではなくエピファニーにプレゼントをもらう国もありましたよね((217) クリスマスとは何か参照)。

ちなみに、クリスマス・シーズンである降誕節は、12月25日(正確には24日の日没)から始まり、エピファニー前日に終わるのだそうです2。だから、クリスマスからエピファニーまでを指すのに「クリスマスの12日 Ttwelve Days of Christmas」なのですね。皆さま、どうぞ楽しいクリスマスを。

  1. 服部幸三「オラトリオ」『音楽大事典1』平凡社、1981年、345ページ。
  2. 八木谷涼子『キリスト教歳時記』平凡社新書、2003年、42ページ。
07. 12月 2016 · (298) ストコフスキーの楽器配置 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

20世紀に入ってからも使われていた、オーケストラの対向配置((296) 英語で何と言うのか?参照)。セカンド・ヴァイオリン(以下、ファースト、セカンドはヴァイオリンを指す)を、ファーストに向き合う形で指揮者の右側に置く配置です。ファーストとセカンドを左側にまとめる現在の配置は、ヘンリー・ウッドが先に採用したにもかかわらず((297) 対向配置を変えたのは誰?参照)、「ストコフスキー・シフト」として知られていますね。実はストコフスキーは、これ以外にも様々な配置を試みました。

ユニークなのが、木管楽器と弦楽器の位置を逆にした配置(図1)。半円形に並んだ前2列に木管楽器、その後ろの左側に金管楽器、右側にホルンと打楽器。間にヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが座り、一番後ろはコントラバス。Koury はこれを「(いわゆる)upside-down seating 逆さま配置」と呼んでいます1

図1:逆さま配置

図1:逆さま配置

まさか本当に使われたんじゃないでしょ?!と思った方、本当だったんですよ(写真12)。1939年から40年にかけてのことです。当時の音楽において管楽器の重要性が高まったことや、後ろの壁に近い方が、弦楽器の音がより効果的に反響すると考えられたことなどが理由3。最後列にずらりと並んだコントラバスは、なかなか壮観ですね。1940年の全米青年管弦楽団(All American Youth Orchestra)演奏会では、コントラバスの前にチェロも一列に並ぶ「逆さま配置」が使われました。

写真1:フィラデルフィア管弦楽団、1939年

写真1:フィラデルフィア管弦楽団、1939年

写真2は、1957年のヒューストン交響楽団の配置。「逆さま配置」は放棄され、ヴァイオリンが手前左、ヴィオラがその右。ヴィオラの後ろの手前右に木管楽器、さらに後ろに打楽器。金管楽器は中央に並んでいます(左側にテューバが見えますね)。そして、最後部に横1列のコントラバス、その前にチェロが並びます。セリ台はかなりの高さ。コントラバスが乗る最上段は、打楽器奏者の頭ほどの高さです。

写真2:ヒューストン交響楽団、1957年

写真2:ヒューストン交響楽団、1957年

弦楽器を左側、管楽器を右側に分ける配置も試されました(図2)。弦と菅が互いに掛け合うようなフレーズで効果的と考えられたのです。楽器配置だけでなく、平らな舞台のままかセリ台を使うかなども、ストコフスキーの実験の対象でした。また、フィラデルフィア管弦楽団では弦楽器の上げ弓・下げ弓を定めず、個々の奏者に任せる「自由ボウイング free bowing」も採用されました4

ストコフスキーの試みは、このようにかなり風変わり。ただ彼は、奇をてらったり気まぐれでこれらを試したのではなく、より良い響きを求めて工夫を重ねていたのです。ヴァイオリンを左側にまとめるストコフスキー・シフトは、現在世界中のオーケストラのスタンダードですが、当時の人たちはきっと、私たちが図1や図2を見て驚くのと同じくらい驚いたのでしょうね。来週のコラムはお休みさせていただきます。

図2:弦楽器を左、管楽器を右に置く配置

図2:弦楽器を左、管楽器を右に分ける配置

  1. Koury, Daniel J., Orchestral Performance Practices in the Nineteenth Century. Univ. of Rochester Press, 1988, p. 310. 図1と2は同書 p. 311より。
  2. Huffmann, Larry, “Interviews with Leopold Stokowski,” http://www.stokowski.org/. 写真2も。
  3. Koury, p. 310.
  4. Del Mar, Norman, Anatomiy of the Orchestra, Faber & Faber, 1981, p. 77.
30. 11月 2016 · (297) 対向配置を変えたのは誰?  はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

ロンドン生まれの指揮者、レオポルド・ストコフスキー(1882〜1977)。「全てのヴァイオリンを同じ側に置く彼の新手法は、今でも標準的な慣習である」と、イギリスの音楽事典にも書かれています1。彼は「伝統的なオーケストラ配置(対向配置)はもはや現代の要求を満たさないと、かなり早い時点で」判断。アメリカのフィラデルフィア管弦楽団で、実験的な試みを行いました2

セカンド・ヴァイオリン(以下、ファースト、セカンドはヴァイオリンを指す)をファーストの隣、ヴィオラを中央、チェロを右側にする配置は「ストコフスキー・シフト」と呼ばれ、アメリカのほとんどのオーケストラのスタンダードになりました。しかしながら、この新しい配置にしたのはストコフスキーが最初ではありません。彼がフィラデルフィア管弦楽団の常任指揮者になったのは1912年ですが、この配置を含む様々な実験を行うのは、1920年代後半以降3。それまでは、(296) 英語でなんというのか?の図3のように、右側にセカンドを置く伝統的な対向配置を使っていました。

ストコフスキーより早い時期にファーストの隣にセカンドを置く配置を始めていたのは、同じロンドン生まれの指揮者ヘンリー・ウッド(1869〜1944)4。同世代のトスカニーニやメンゲルベルクらの陰に隠れた感がありますが、ロンドンの夏の名物「プロムス」の指揮を、第1回目(1895年)から務めた指揮者です。現在もプロムス期間中、彼の胸像がオルガン前に置かれるのが慣例になっています(昨年夏、初めてプロムスを体験をし、巨大なロイヤル・アルバート・ホールでその胸像を遠くから拝んできました)。

ヘンリー・ウッドは長く続いていた対向配置の慣例を破って、左側に全ヴァイオリンを並べました。この目新しい配置に「時に、作曲家によって意図された交互に歌い交わすような効果を破壊する」と反対する指揮者も 3。しかしヘンリー・ウッドはこの配置により、「より良いアンサンブルが保証される。全ての(ヴァイオリンの)f字孔が客席に向いているので、音量と音質が改良される」と述べています6

ヘンリー・ウッドは1911年に、ロンドン・フィルハーモニック協会オーケストラを、このヴァイオリン配置で指揮しました。図1は1920年にニュー・クイーンズ・ホール・オーケストラを指揮した際の写真です7。左からファースト、セカンド、ヴィオラ、チェロと並び、ヴィオラの後ろあたりにコントラバスが陣取っています。

この配置は次第に広がり、1925年にはクーセヴィツキーがボストン交響楽団で同様の配置を採用しました。ただ、ヘンリー・ウッドがこの配置を、ストコフスキーがフィラデルフィア管弦楽団で試したより早い時期に始めたのは確かですが、最初に始めたかは断言できません。彼はヨーロッパや北アメリカのオーケストラを度々客演しており、誰か他の指揮者のアイディアから着想を得た可能性もあります((298) ストコフスキーの楽器配置に続く)。

図1:ニュー・クイーンズ・オーケストラを指揮するサー・ヘンリー・ウッド(1920)

図1:ニュー・クイーンズ・オーケストラを指揮するサー・ヘンリー・ウッド(1920)

  1. Bowen, Jose, ‘Stokowski, Leopold,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 24. Macmillan, 2001, p. 426.
  2. Koury, Daniel J., Orchestral Performance Practices in the Nineteenth Century. Univ. of Rochester Press, 1988, p.309.
  3. Ibid.
  4. Ibid., p.302.
  5. Ibid.
  6. Ibid., p. 303.「all the S holes」は「f」の誤りでしょう。
  7. Marks, Peter, “Divided violins: Sir Adrian would be pleased,” http://musicdirektor-smallgestures.blogspot.jp.
23. 11月 2016 · (296) 英語で何と言うのか? 対向配置について はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

最近はアマ・オケの演奏会でも、対向配置がそれほど珍しくなくなりました。対向配置とは、セカンド・ヴァイオリンが客席から見て舞台の右側(以後、左右は全て客席側から見た方向)に置かれ、左側のファースト・ヴァイオリンと向かい合う配置(以後、ファースト、セカンドは全てヴァイオリン)。ファーストの隣にチェロ、その後ろにコントラバスが位置し、ヴィオラはチェロとセカンドの間です(図1参照)。舞台左側にファーストとセカンドを並べる配置が一般的になる前に、使われました。

図1:対抗配置(弦のみ)

図1:対向配置(弦のみ)

対向配置は、両翼配置、古典配置とも呼ばれます。これらを英語では何と言うのでしょうか? いろいろ探しているのですが、今のところ特定の用語は見つかりません。そもそも「配置」も、(seating)plan、arrangement、layout、position、placement、setting など、いろいろな語が使われます。「2つのヴァイオリン群が指揮者の両脇に」などと説明されるところを見ると、「対向、両翼」配置は、日本独特の用語?!

ただこれを「伝統的な traditional」配置と呼ぶ記事がいくつかありました1。一方、現在一般的な配置は「現代の modern」配置、あるいは「標準的な standard」配置などです2。また、現在の配置を「アメリカ式」、古い配置を「(古い)ドイツ式」と書いたものもありました3

ところで、対向(両翼)配置はいつ頃使われたのでしょうか。古典派時代? 確かにベートーヴェンは、この配置をうまく利用しています。よくあげられる例が、《第九》第2楽章のフガート。右端のセカンドから始まり、ヴィオラ、チェロ、ファースト、コントラバスと、フガート主題が順に左に受け渡されていきます。

セカンドがファーストの隣りに座るのが一般的になるのは、実はかなり最近のことです。既にご紹介したメンデルスゾーンの革命的配置((96) オーケストラの楽器配置、ライプツィヒ、1835参照。左右逆でしたね)や、パリ((174) パリ、1828)、ロンドン((260) ロンドン、1840)の例のように、19世紀もずっと、対向(両翼)配置が使われました。チャイコフスキーの《悲愴》交響曲(1893)で、ファーストとセカンドが1音ずつ旋律を分担する終楽章冒頭(譜例1参照)は、対向配置によりステレオ効果が際立ちます。

譜例1:チャイコフスキー《悲愴》交響曲終楽章冒頭

譜例1:チャイコフスキー《悲愴》交響曲 終楽章冒頭

マーラーが1905年に《第九》を演奏したときの写真(図2)では、指揮者の左側にチェロが見えます。ストコフスキーが1916年3月2日に、フィラデルフィア管弦楽団とマーラーの《一千人の交響曲》のアメリカ初演を行ったときの写真(図3)も、対向配置ですね。そう、20世紀になっても対向配置が使われていたのです。あれれ、現在の配置を始めたのはストコフスキーではなかったかな……?? ((297) 対向配置を変えたのは誰?(298) ストコフスキーの楽器配置に続く4

図2:ベートーヴェン《第九》を指揮するマーラー(ストラスブール、1905)

図2:ベートーヴェン《第九》を指揮するマーラー(ストラスブール、1905)

図3:ストコフスキーとフィラデルフィア管弦楽団(1916)

図3:ストコフスキーとフィラデルフィア管弦楽団(1916)

  1. Huffmann, Larry, “Interviews with Leopold Stokowski,” http://www.stokowski.org や、Marks, Peter, “Divided violins: Sir Adrian would be pleased,” http://musicdirektor-smallgestures.blogspot.jp など。後者は「自分は伝統的配置と呼ぶ」と但し書き付きです。図2、図3も Marks より。
  2. 「現代の」は上記 Marks。「標準的」は Koury, Daniel J., Orchestral Performance Practices in the Nineteenth Century. Univ. of Rochester Press, 1988 など。
  3. Rasmussen, Karl Aage, Laursen, Lasse, “Orchestra size and setting,” trans. by Reinhard, http://theidiomaticorchestra.net.
  4. 漢字のミスを指摘してくださった読者の方、どうもありがとうございます。私、ずっと間違って覚えていました。皆さま、ごめんなさい。
16. 11月 2016 · (295) 天使が奏楽する謎の弦楽器その2 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

2週お休みしてごめんなさい。学会発表が無事終わり、ようやく日常に戻りました。今回のコラムも、(293) 管楽器は弦楽器より偉かった!!? で参照したメムリンクの『奏楽の天使』について。左パネル左端の天使が持つのは、チェンバロの前身楽器プサルテリウムでしたね((294) 謎の弦楽器参照)。それでは、その隣(図1中央)の天使が演奏している楽器は何でしょう?? 右手の弓が無ければ、楽器とは気づかないかも。

図1:メムリンク『奏楽の天使』左パネルより

図1:メムリンク『奏楽の天使』左パネルより

プサルテリウムと同じくらいへんてこりんなこの楽器、ヨーロッパ最古の弦楽器の1つです。名前は、トロンバ・マリーナ。イタリア語で「海のラッパ」という意味で、英語ではそのままトランペット・マリーンです。弦楽器なのにラッパと呼ばれる理由はこれから説明しますが、なぜ「海」なのかは諸説あって(イタリア艦船が備えていた伝声管に似ていたという説や、マリーナを聖母マリアと結びつける説など)わかりません1。ドイツ語ではトルムシャイト。図2のように、ヨーロッパの楽器博物館の常連ですが(右は guitarra moresca ムーア人のギター)、実は私も今まで、どのような楽器か詳しくは知りませんでした。

図2:トロンバ・マリーナ(バルセロナ音楽博物館蔵、右は guitarra moresca ムーア人のギター)

図2:トロンバ・マリーナ(バルセロナ音楽博物館)

旋律弦は1本。モノコルドですね(他にドローン弦が張られるものもありますが)。弓で擦って音を出すとき、他の弦楽器とは逆に、左手でさわったところよりも糸巻き寄りを弓で弾きます(図1参照)。左手は、弦を押さえるのではなく、触れるだけ。弦楽器のフラジオレット、倍音奏法ですね。トロンバ・マリーナでは大体、開放弦の第6〜13あたりの倍音を中心に、ときには第16倍音くらいまで使いました。使える音が倍音だけなのは、ナチュラル・トランペットと同じですね。

図3:トロンバ・マリーナ

図3:トロンバ・マリーナ

ただ、トランペットの名前が付いているのは倍音のせいではなく、その音色。トロンバ・マリーナの弦は駒の片方の足の上に偏って乗せられます。乗っていない側の駒の足は響板からほんのすこし浮いていて、弓で弦を擦ると駒が振動し、その足が響板に触ったり離れたりします。このビリつきのせいで、ラッパのような音になるのです。(291) 《ロマンティッシェ》第3楽章トリオの「手回し風琴とは」で取り上げたハーディ・ガーディも、同じような構造の駒がうなりを作り出します。

図4:トロンバ・マリーナの駒

図4:トロンバ・マリーナの駒

大型のトロンバ・マリーナは底を地につけて構えますが、小型の場合は天使のように高く掲げることもあります。下の動画ではつっかえ棒のようにして弾いていて、天使の構え方はそれと良く似ています2。修道尼たちはこの楽器を、合唱の男声の代わりに使ったそうです3。世俗音楽にも使われ、15世紀から18世紀半ばまで人気がありました(動画の最後で「6世紀間続いた」と言っているのは、12世紀末まで遡ることができる前身楽器も含めた年月でしょう4)。

  1. 高野紀子「トロンバ・マリーナ」『音楽大事典4』平凡社、1982年、1675ページ。図3も同ページ。
  2.  https://youtu.be/MswTN7cotoo
  3. 前掲書。
  4. Adkins, Cesil. ‘Trumpet marine,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 25. Macmillan, 2001, p. 841.
26. 10月 2016 · (294) 謎の弦楽器、プサルテリウム はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

(293) 管楽器は弦楽器より偉かった!!? で参照したメムリンクの「奏楽の天使」を再掲します(図1)。キリストから最も遠い(=左端の)天使が奏している不思議な形の楽器は、プサルテリウム(英語ではプサルタリー)。ツィター属の撥弦楽器で、長方形、三角形、台形など、形はいろいろ。平らな共鳴箱に響孔があり、たくさんの弦が張られ、指、または鳥の羽軸などで作られたプレクトラムではじいて演奏します。

図1:メムリンク「奏楽の天使」左パネル

図1:メムリンク「奏楽の天使」左パネル

プサルテリウムは、ギリシア語の psallein(指ではじく)に由来する語。プサルテリオンは直立の角型ハープを指します1。形も構え方もハープそっくりの図像もありますが、今日知られているプサルテリウムは、東洋(イラン)のサントゥール(図2)につながりがあると考えられます。11世紀にムスリム勢力下のイベリア半島で知られるようになったサントゥールは、二等辺四角形。小さなハンマーで弦を打って演奏します(現在では、このような打弦楽器はダルシマーと呼んで、撥弦楽器プサルテリウムと区別しますが)。

図2:サントゥールを演奏する女性(Hasht-Behesht Palace, Isfahan)

図2:サントゥールを演奏する女性(Hasht-Behesht Palace, Isfahan)

サントゥールなどは水平に置いて演奏しますが、プサルテリウムは垂直に縦型に置かれます。メムリンクが描いた、両側が大きく内側に曲がり込んだプサルテリウムは、豚の頭部に似ているとして「豚(の頭)のプサルテリウム」と呼ばれ、14世紀ころ普及しました。楽器を構えやすくしたのですね。一方東ヨーロッパでは、台形を半分にした形の「ボヘミアの翼」と呼ばれるプサルテリウムが使われました。

プサルテリウム psalterium という語は、古くは、聖書に登場する楽器を表すとともに、「弦楽器を持って歌う歌 psalmos」である旧約聖書の詩編(羅: psalmi、英: psalms)も指す言葉でした2。詩編を唱う際の伴奏楽器として、好んで使われたと考えられます。トロンボーンやツィンクのように教会で使われた楽器で、神聖なはずなのに、どうしてキリストから遠いところに(=管楽器よりも低位として)描かれているの?? 楽器のヒエラルキーは、教会での使用の有無で決められたわけではないのかな?? 管楽器が弦楽器よりも高位と考えられたのは、最高位の声楽と同様に人間の息を吹き込んで音を出すからでしょうか。

ところでこのプサルテリウム、意外な楽器のご先祖さまです。何かわかりますか?! この撥弦楽器に鍵盤を加えると……?? そうです。実はこのプサルテリウム、チェンバロのご先祖さまなのです(図3。来週再来週はコラムをお休みさせていただきます)。

図3:原始的なハープシコード。15世紀半ば、collegiate church of S Maria, Daroca

図3:原始的なチェンバロ。15世紀半ば、Collegiate church of S Maria, Daroca

 

  1. 無記名「プサルテリウム」『音楽大事典4』平凡社、1982、2104ページ。
  2. McKinnon, James W., ‘Psaltery,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 20. Macmillan, 2001, p. 521. 図3は同 525ページより。
19. 10月 2016 · (293) 管楽器は弦楽器より偉かった!!? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags:

今回の聖フィル♥コラムは、弦楽器奏者の皆さんの「聞き捨てならない!」という声が聞こえてきそうなタイトルにしてみました。図1は、ドイツに生まれ、フランドル地方ブリュージュで活動したハンス・メムリンク(c. 1430〜1494)の「奏楽の天使」。スペイン北部ナヘラにあるサンタ・マリア・ラ・レアル教会の委嘱で描かれました。165cm x 230cmとかなり大きな油彩画で、少し高い位置にあるオルガン席用3枚のうちの1枚です。

図1:メムリンク「奏楽の天使」左パネル

図1:メムリンク「奏楽の天使」左パネル

彼の時代(15世紀)に使われていた楽器が描かれています。左側の2つの楽器は不思議な形をしていますが、左端は弦をはじいて、その隣は弓で擦っています(名前などは、次回のコラムをお楽しみに)。真ん中はリュート、その右がトランペットですね。右端も管楽器。コルネット、あるいはツィンクと呼ばれる、指で穴を塞いで音程を作る木管の楽器です。

対になるパネルにも、5人の天使が描かれています(図2)。こちらは、左側2人が管楽器(2人目は、左パネルにも描かれたトランペットを吹いています)、真ん中がポルタティヴ・オルガン(持ち運びができるパイプ・オルガン)、その右にハープとフィドル。

図2:メムリンク「奏楽の天使」右パネル

図2:メムリンク「奏楽の天使」右パネル

この左右対称の配置を見ると、もうお分かりですね。キリスト像を中央に、彼に近い側に管楽器、遠い側に弦楽器。楽器のヒエラルキーが表現されているのです。神に近い方が高位ですから、管楽器は、弦楽器よりも高位。トランペットは最後の審判と結びつく楽器ですし、ツィンクはトロンボーンとともに、教会で用いられました。

ただ、弦楽器よりも高位の管楽器よりも、さらに高位の音楽がありました。中央のパネルから一目瞭然です。キリストの両脇には、聖歌を歌う天使が3人ずつ。そうです。器楽よりも声楽の方が、より「神聖」。道具を必要とせず、最も純粋に生み出される人の声が、音楽の最高位を占めていたのです。

図3:メムリンク3部作(アントワープ王立美術館蔵)

図3:メムリンク「奏楽天使を伴うキリスト」(アントワープ王立美術館蔵)

05. 10月 2016 · (292) エニグマ変奏曲の謎?! はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags:

聖フィル第15回定期演奏会を聴きに来てくださった方々、どうもありがとうございました。エルガーのチェロ協奏曲と、ブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」、いかがでしたでしょうか? ソリストの森田啓佑さんから、私たちは大きな刺激を受けました。少しずつでも、音楽的に成長していきたいと思います。今回のアンコールは、エルガーのエニグマ変奏曲作品36から、第9変奏「ニムロッド」でしたので、コラム恒例のアンコール・シリーズはエニグマ変奏曲の謎について。

エニグマenigmaとは「神秘的、あるいは不可解な人や物」のこと。14の変奏曲にはそれぞれ「C.A.E.」とか「 E.D.U.」など、エルガーの知り合いたちを示す意味ありげなイニシャルやニックネームが付けられ、彼らに献呈されています。「C.A.E.」は、妻のキャロライン・アリス・エルガー(第1変奏)、「E.D.U.」は自分自身(エドワードのエドゥ。第14変奏=終曲)を指すなど、多くの謎(エニグマ)は解かれていますが、第13変奏に付けられたアステリスク3つ「***」は誰??

自筆譜のタイトルベージには、「エドワード・エルガーによって作られたオーケストラのための変奏曲作品36」としか書かれていません。Enigmaという語は、この変奏曲のスコアを出版するロンドンの Novello 社に勤めていたイェーガー(デュッセルドルフ出身)によって、楽譜の主題の上に書かれました。おそらく、出版までにエルガーの依頼で書き加えられたのでしょう。ということは、エニグマは作品のタイトルではなく、主題のこと!?1  エルガーは、主題をエニグマとした理由を明らかにしなかったため、謎を解こうとする試み(主題の元の旋律、あるいは隠された旋律などを見つけること)も行われています2

ところで、第9変奏に付けられた「ニムロッド」は、旧約聖書に登場するノアの息子ハムの子孫クシュが生んだニムロデのこと。「ニムロデは地上で最初の権力者となった。彼は主のおかげで、力ある猟師になったので『主のおかげで、力ある猟師ニムロデのようだ。』と言われるようになった」(創世記10章)3。イェーガーという苗字は、ドイツ語で狩人という意味。「ニムロッド」は上述のイェーガーなのです。

この第9変奏は、自分を支えアドバイスしてくれたイェーガーへの、エルガーの感謝の気持ちに基づいています。エルガー自身はこの変奏について「長い夏の夕べのおしゃべりの記録で、そのとき友人はベートーヴェンの緩徐楽章について雄弁に語った。冒頭の数小節が第8番ソナタ(《悲愴》)の緩徐楽章をほのめかして作られていることに気づくだろう」としか述べていません。一方、次の第10変奏でドラベッラとして描かれるパウエルによると、イェーガーはベートーヴェンの例も引きながら、エルガーが憂鬱な状態にいるのをやめさせようとしました。この変奏の雰囲気は、その出来事によるのかもしれません4

余談ですが、ウィキペディア日本語版の「ニムロッド」変奏には、「イェーガーの気高い人柄を自分が感じたままに描き出そうとしただけでなく、2人で散策しながらベートーヴェンについて論じ合った一夜の雰囲気をも描き出そうとしたらしい。」と書かれています。Rushton の研究書には「散策しながら」なんてどこにもありませんでしたよ。エニグマです。来週のコラム更新はお休みさせていただきます。

  1. Rushton, Julian, Elgar: ‘Enigma’ Variations, Cambridge Univ. Press, 1999, p. 1.
  2. Rushtonも前掲書第5章をこの謎に割いています。
  3. 『聖書新改訳』日本聖書刊行会、1973年、13ページ。
  4. Rushton, Julian, op. cit., p. 46.
28. 9月 2016 · (291) 《ロマンティッシェ》第3楽章トリオの「手回し風琴」とは? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

前回のコラム((290) 標題「ロマンティッシェ(ロマンティック)」について)で、ブルックナー本人が第4番交響曲の標題について、友人に説明している手紙を紹介しました。「トリオでは森での昼食の間に手回し風琴が奏される様子」と書いてありましたね。この、手回し風琴とは何か、ご存知ですか? 「風琴」ならオルガン、「手風琴」ならアコーディオンですが。

答えは、ハーディ・ガーディ hurdy-gurdy。と聞いて楽器を思い浮かべることができる方は、少ないのでは? 音を聴いたことがある方は、ほとんどいないかもしれませんね。実は私も、この夏ブリュッセルの楽器博物館で、展示楽器の音を聴くために貸し出されたヘッドフォンで初めてしみじみ聴いてきました。

楽器の形が不思議(図1)。事典には「鍵盤付きの擦弦楽器の一種」と書いてあります1。鍵盤って、どこ? 擦弦って、弓はどこにあるの?

図1:ギター型ハーディ・ガーディ、18世紀半ば、Germanic National Museum in Nuremberg

図1:ギター型ハーディ・ガーディ、18世紀半ば、Germanic National Museum、Nuremberg

ギターやリュートのような形をしたものが多く、リュートのように膝の上に横に置いて(あるいはフォーク・ギターのように首から下げて)演奏します。楽器から突き出たハンドル(図1左側)を右手で回すと、カバーの下の木の円盤が回転。この円盤に松ヤニが塗られていて、上に張られた弦を擦って音を出します。だから「手回し」風琴。響板上に固定された箱の中にあるメロディー弦は、通常2本。同音に調弦され、左手で鍵(一列に並んだ白い四角)を押してピッチを変え、メロディーを演奏します。

この他に、ドローン(持続低音)弦が2〜4本、箱の両側に張られます(手前に2本見えますね)。5度調弦が基本で、曲に合わない音の弦を引っ掛けて、音を止めておくこともできます。また、1番高い音のドローン弦にはうなりを出す仕掛けが付いていて、ハンドルをたくさん回して円盤を早く回転させると、ブーンとかギーというような金属的なうなりが生じます。

大型のハーディ・ガーディ(オルガニストルム)は、ゴシック時代に多くの修道院や教会で、音楽を教えたり、多声宗教曲を演奏したり、歌手に正しい節回しを教えるために使われました2。オルガンにその地位を奪われた後、小型化されて民俗楽器に転化3。ドローンと聞くと、バグパイプのような民俗楽器を思い浮かべますが、「ヨーロッパに現れる前に東洋で使われた証拠となる資料は無い」そうです4

これ1つでメロディーと伴奏和音(?!)を演奏できますから、狩りの合間に楽しむレントラーの伴奏に、もってこい。レントラーは18世紀末、オーストリアや南ドイツなどで人気があった、ゆっくりした3拍子の民族舞踏(映画『サウンド・オブ・ミュージック』でも、マリアとトラップ大佐がテラスで踊るシーンがありますね)。《ロマンティッシェ》第3楽章トリオでは、3度も加わった持続和音が弦楽器によって静かに演奏され、素朴で温かみのある雰囲気を醸し出しています。

レントラーとかなり趣が異なる、Matthias Loibner 演奏の動画です。彼のリュート型ハーディ・ガーディは、弦の数が多いようですね。ソのドローンがずっと響いています5

  1. 江波口昭「ハーディ・ガーディ」『音楽大事典4』平凡社、1982年、1898ページ。
  2. Baines, Francis, Edmund A. Bowles / Robert A. Green, ‘Hurdy-gurdy,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 11, Macmillan, 2001, p. 878.
  3. 江波口昭、前掲書、1898〜99ページ。
  4. Baines, F. et al., op.cit., p. 878.
  5. https://youtu.be/QHmML7bu-iM