27. 7月 2016 · (286) イギリスの作曲家エルガー はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

中学生のとき、音楽の授業でブリテンの《青少年のための管弦楽入門ーーパーセルの主題による変奏曲とフーガ》を鑑賞しました。音楽の先生が「イギリスや日本のような島国には、なぜか有名な作曲家が生まれない」と言ったのが忘れられません。「バロック時代のパーセルの後、20世紀のブリテンまで空いてしまう」と。

クラシック音楽の歴史が浅い日本をイギリスといっしょにしたら、イギリスの人が怒りますよね。それはともかく、イギリス音楽史に空白期間があるのは確か。早くから公開演奏会が行われ、音楽の消費という面では常に先進地であったイギリス(ロンドン)だけに、自国の作曲家に恵まれなかった事実は重く感じられます。

ルネサンス時代は、イギリス音楽史の黄金期。大陸に大きな影響を与えたジョン・ダンスタブル(c.1390〜1453)をはじめ、ジョン・タヴァナー(c.1490〜1545)、トマス・タリス(c.1505〜85)、ウィリアム・バード(1543〜1623)、トマス・モーリー(1557〜1602)、オーランド・ギボンズ(1583〜1625)らが多くの声楽曲、ジョン・ダウランド(1563〜1626)がリュート音楽を作りました(すみません、16世紀が専門なのでつい大勢並べてしまいました)。17世紀にはヘンリー・パーセル(c.1659〜95)が、優れた劇作品を残しています。しかし、パーセルの死後18世紀から19世紀末まで、芸術音楽の分野におけるイギリス人作曲家の空白期間に1

この期間にイギリスで活躍した作曲家はたくさんいます。イギリスに帰化し、音楽事典に「イギリスの作曲家」とも書かれるバロック時代のヘンデル((188) イギリスの作曲家ヘンデル?参照)、ロンドンでのザロモン・コンサートで交響曲の在り方を変えた古典派のハイドン((19) 独り立ちする「交響曲」参照)、自国よりも先にイギリスで名を上げ作曲家の地位を確立したロマン派のドヴォルジャーク((209) ドヴォルジャークとイギリス参照)など。ただ、彼らはイギリス生まれではありません。

イギリス(人作曲家による)音楽史は、エドワード・エルガー(1857〜1934。次回聖フィル定演で《チェロ協奏曲》を取り上げます)の登場でようやく再開します。そして、彼によって活気づけられたように、イギリスに続々と作曲家が誕生。フレデリック・ディーリアス(1862〜1934)、ヴォーン・ウィリアムズ(1872〜1958)、グスタフ・ホルスト(1874〜1934)、ウィリアム・ウォルトン(1902〜83)、そしてベンジャミン・ブリテン(1913〜76)。パーセルからエルガーまでの空白が嘘のよう。豪華なラインナップですね。

  1. アーサー・サリヴァン(1842〜1900)が台本作家ウィリアム・ギルバートと組んで作っていたコミック・オペラは、オラトリオやフランス風のグランド・オペラよりも下位のジャンルとみなされていました。

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