27. 1月 2016 · (269) 庶民はいつからコンサートを聴けるようになったか はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

前回 (268) マンドリンの調弦は?の中で、「コンセール・スピリテュエル」にふれました。かなり前に言及したことがありますが((11) 旅によって成長したモーツァルトなど)、コンセール・スピリテュエルは18世紀パリの公開演奏会シリーズ。1778年にモーツァルトは、コンセール・スピリテュエルの支配人から交響曲を依頼され、ニ長調 K.297(300a)のいわゆる《パリ交響曲》を作っています。

音楽会はもともと、非公開でした。王や貴族が、雇った楽士たちに自分の館で演奏させて聴くものだったからです。聴くことができるのは、本人や客人などごく限られた者だけ。でも、ブルジョワジーが市民革命で貴族主体の体制を打破すると、音楽の担い手も王侯貴族から一般市民へ。誰にでも開かれた(=チケットを購入すれば誰でも聴くことができる)公開演奏会が登場します。

音楽史上初の公開演奏会が行われた記録が残るのは、ロンドン。1672年ですから、バッハが生まれる13年も前! こんな早くから一般庶民が聴ける公開演奏会が催されていたなんて、驚きです。ただし、ロンドンだけ。パリもロンドンと並ぶ音楽(消費)の先進地でしたが、上記コンセール・スピリテュエルが始まったのは、半世紀以上も後の1725年。

「ロンドン・ガゼット」誌に、ジョン・バニスター(1630〜79)が自宅で催す一連の公開演奏会の広告が掲載されたのは、1672年12月でした。会場は「居酒屋風にいすと小さなテーブルで囲まれていて」見た目はぱっとしないけれど、1シリングで好きな曲をリクエストできる気楽な雰囲気1。しかし、上手なプロ奏者を雇うことで多くの客を集めるようになり、次第に大きな会場に移ります。奏者は50人にもなり、規模の大きな演劇的な作品も扱うことができました2

ロンドンで早い時期に公開演奏会が始まったのは、なんと政治的な理由。イギリスでは1640年代から1730年代まで政権が安定しなかったため、劇場以外の音楽独占権を遵守させることができなかったのです。ピューリタン革命でそれまでの宮廷と教会の音楽が崩壊し、1660年の王政復古後にはフランス音楽が好まれるなど、音楽家がおかれた状況も混乱3

ジョン・バニスターは、宮廷ヴァイオリン奏者24人のトップとして活動した時期もありますが、1666年か翌年、フランス人音楽家の任命に関して無礼な発言をしたと、王に解雇されました。音楽会の興行という新しいプロジェクトに向かったのは、収入が得るためだったのでしょう。いずれにせよ、私たち庶民が音楽を楽しむ機会をこんなに早く作ってくれてありがとう!ですね4

  1. McVeigh, Simon, ‘London,’ V, 2, New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 15. Macmillan, 2001, p. 120.
  2. Holman, Peter, ‘Banister (2), John Banister (i),’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 2. Macmillan, 2001, p. 659.
  3. Weber, William, ‘Concert,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 6. Macmillan, 2001, p. 223.
  4. サミュエル・ピープスは日記に、バニスターが1660年にすでにコンサートを行っていたと書いていますが、広告が存在するのは1672年12月以降です。Holman、前掲書。

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