イタリア・オペラの巨匠ジュゼッペ・ヴェルディ(1813〜1901)。オケ奏者にとってヴェルディと言えば、聖フィルが次回定演で取り上げる《運命の力》序曲でしょうか。オーケストラのコンサートで比較的多く(というか、最も頻繁に?!)演奏されますね。オペラにあまり興味が無い方でも、《アイーダ》や《椿姫》はご存じのはず。

それでは質問です。87年の生涯でヴェルディはいったいいくつオペラを作ったでしょうか? 答えは26! 上記以外にどんなオペラがあるのか、《運命の力》は何作目か、たどってみましょう。

幸運にもミラノのスカラ座で初演され、成功した処女作《オベルト》(初演1839)、大失敗に終わった2作目のオペラ・ブッファ《1日だけの王》(1840)。3作目の《ナブッコ》(1842)が熱狂的に迎えられ、一躍大人気のオペラ作曲家に。特に、第3部の合唱〈行け、思いよ、黄金の翼に乗って〉がリゾルジメント(イタリア統一運動。当時イタリアは、オーストリアの支配下にありました)と結びつき、大ヒット。

この後、《ナブッコ》路線の愛国オペラが続きます。④《第1次十字軍のロンバルド人たち》(1843)でミラノでの成功を確実にした後、イタリア各地に進出。⑤《エルナーニ》(ヴェネツィア、1844)、⑥《2人のフォスカリ》(ローマ、1844)、⑦《ジョヴァンナ・ダルコ》(ミラノ、1845)、⑧《アルツィラ》(ナポリ、1845)、⑨《アッティラ》(ヴェネツィア、1846)、⑩《マクベス》(フィレンツェ、1847)、⑪《群盗》(ロンドン、1847)、⑫《海賊》(トリエステ、1848)と続き(ほとんど知らないタイトルばかり……)、愛国オペラの決定版⑬《レニャーノの戦い》(ローマ、1849)へ。しかし、1848年のイタリア革命は失敗。

レチタティーヴォを充実された⑭《ルイザ・ミラー》(1849)、⑮《スティッフェリオ》(1850)の失敗の後、中期三大作⑯《リゴレット》(1851)、⑰《トロヴァトーレ》(1852)、⑱《トラヴィアータ(椿姫)》(1853)が登場。当時のオペラとしては「有り得ない」主人公(せむしの道化、ジプシーの老婆、娼婦)の個性と心理を、歌唱だけではなく管弦楽も駆使して繊細にドラマティックに描きました。

この後、⑲《シチリアの晩鐘》(1855)、⑳《シモン・ボッカネグラ》(1857)、㉑《仮面舞踏会》(1859)と続いて、ようやく22作目が《運命の力》(1862)。ペテルブルク帝室劇場の依頼で、パリのオペラ座依頼の㉓《ドン・カルロ》(1867)、カイロのオペラ劇場依頼の㉔《アイーダ》(1871)のような、グランド・オペラのスタイルで作曲。

各地の劇場からの注文に追いまくられ「苦役の年月」だった愛国オペラ時代。1年に2作書いた年も。しかし、中期以降は1年に1作、あるいはそれ以上の間が空きます。そして、名声も富も手に入れたヴェルディが、だれからの依頼も無しに数年がかりで作った25作目《オテッロ》の初演は、1887年。前作《アイーダ》の初演から、実に16年後でした。

そして26作目は、シェイクスピアの喜劇を題材にした《ファルスタッフ》(1893)。第2作目で手痛い失敗を経験(初日だけで公演打ち切り。妻の死など家族の不幸も重なり、一時はオペラの作曲を放棄しようと考えました)1。以来、一度も手を出さなかった喜劇に、79歳で挑戦。完成させます。自分の楽しみのために作ったこの最後のオペラ、終幕が〈世の中はすべて冗談〉と締めくくられるなんて、出来過ぎ! いえ、さすがですね。

  1. Parker, Roger,  ‘Verdi, Giuseppe,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., 26, Macmillan, 2001, p. 436.