25. 2月 2015 · (226) 指揮棒を最初に使った指揮者 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags:

先日の練習での田部井剛先生の質問にお答えすると、指揮棒を最初に使ったとされるのはルイ・シュポーア。1820年にロンドンの演奏会で導入しました。この年は、指揮の歴史におけるターニング・ポイントと考えられています1

それ、いったい何者!?という方も多いでしょう。ドイツ生まれの作曲家、ヴァイオリニスト、指揮者で、ドイツ名はルートヴィヒ・シュポーア。1784年生まれなので、ベートーヴェンより14歳若く、シューベルトより13歳年長ですね。ヴァイオリン・ヴィルトゥオーゾで、あご当ての発案者。1832年に出版した Violin-Schule の中で、左手の頻繁なポジション移動を助けるために、10年くらい前に発明したと主張しています2(99) 高音域を使わない理由も参照)。

作曲家としては、ヴァイオリン協奏曲が番号付きだけでも15曲。交響曲9曲(+未完1曲)、弦楽四重奏曲36曲、弦楽五重奏曲7曲など、なかなかの多作家。オラトリオ、オペラ作曲家としても成功しました。ウィーンのアン・デア・ウィーン劇場(12〜13年)や、フランクフルトの歌劇場(17〜19年)などで指揮者をつとめ、カール・マリア・フォン・ヴェーバーの提案により1822年にカッセルの宮廷楽長に就任。1859年に亡くなるまで同地で活動し、バッハの《マタイ受難曲》や、ヴァーグナーの《さまよえるオランダ人》《タンホイザー》などを指揮しています。

話を指揮棒に戻しましょう。シュポーアは1809年に、巻いた五線紙を使って《天地創造》を指揮しました。1820年2月に渡英し、ロンドンのフィルハーモニック協会のコンサートで自作の交響曲第2番などを演奏3。このとき、初めて指揮棒を導入したと言われています。彼が使ったのはおそらくヴァイオリンの弓でしたが、自伝(2巻、いずれも死後出版)では、「拍を伝えるための指揮棒の成功」を自分の手柄にしています4。あご当てと同じで、「自分が始めた」と書いた者勝ちという気もしますが……。1817年に巻いた紙を使って指揮をしたヴェーバーがその後指揮棒に切り替えたように、1820年代以降、指揮棒の使用が急速に進むことになります。

  1. Botstein, Leon, ‘Conducting,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 6. Macmillan, 2001, p. 264.
  2. Boyden, David D./ Walls, Peter, ‘Chin rest,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 5. Macmillan, 2001, p. 696.
  3. Brown, Clive, ‘Spohr, Louis,’ New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 24. Macmillan, 2001, p. 200.
  4. Botstein、前掲ページ。

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