17. 12月 2014 · (216) モーツァルトの《そりすべり》 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

《そりすべり》と言えば、ルロイ・アンダーソン以外に(よりも?)モーツァルト。アンダーソンの奥さんの回想にも登場しましたね((215) クリスマス以外にも聴きたい音楽参照)。3つのドイツ舞曲 K.605 第3曲のトリオ(A−B−AのB部分。(133) トリオはトリオだった参照)が、《そりすべり》のタイトル付き。

モーツァルトは1791年初め(同年12月に没)頃、舞曲をたてつづけに作りました。全自作品目録((23) 意外に几帳面だった(!?)モーツァルト参照)によると、ドイツ舞曲を作った2月12日には他にも2つのメヌエットK.604、その1週間前の2月5日には4つのメヌエットK.601、4つのドイツ舞曲K.602、2つのコントルダンスK.603、さらに1週間前の1月29日には6つのドイツ舞曲K.600を完成させています1

モーツァルトに限らずウィーンの人々は大のダンス好きでしたが、彼がこんなに舞曲を作ったのは、1787年12月7日付けでヨーゼフ2世に、グルックの後任として宮廷作曲家の称号を与えられたから。レント(復活祭前の悔い改めの時期。カトリックとプロテスタントでは四旬節、聖公会では大斎節)前の舞踏会シーズンに、宮廷舞踏会用の曲がたくさん必要だったのです。洗練されたメヌエット、より庶民的なドイツ舞曲やコントルダンス。いずれも彼の時代によく踊られました。

《そりすべり》が含まれる第3番のドイツ舞曲は元気に始まりますが、トリオでは、ファゴット以外の木管楽器やティンパニ、トランペットはお休み。代わりに、ド、ミ、ファ、ソ、ラの音程の鈴と、2種類のポストホルンが、ウィーンの冬の風物詩だったそりすべりの楽しげな様子を描写します。元気な部分が戻った後にコーダ。そりが遠ざかっていくように、最後は鈴とポストホルンだけが残ります。宮廷舞踏会で演奏されたら、さぞかし「うけた」ことでしょう。

ところで、お父さんのレオポルトにも《そりすべり》があるのをご存知ですか。ヴォルフガンクが生まれる前年1755年作曲の《音楽のそりすべり Musikalische Schlittenfahrt》です。続けて演奏される12の部分から成るヘ長調のディヴェルティメントで、《そりすべり》は2曲目。やはりド、ミ、ファ、ソ、ラの鈴が使われます(上の動画)。

あれれ、この動画の曲、自分が知っているレオポルトの《そりすべり》と違う!という方がおられるかもしれません。楽譜を調べたところ、そちら(下の動画の音楽)はレオポルト・モーツァルト作曲《音楽のそりすべり》を Franz Theodor Cursch-Bühren(1859-1908)が編曲した『子供のための交響曲』。雰囲気は似ていますが、よく聴くと、これでも編曲?!と驚くほど違いますね。

  1. 全自作品目録には2つのドイツ舞曲として記入。《そりすべり》の第3番は含まれていません。でも、同年にK.600、K.602とともに出版された《12のドイツ舞曲》には含まれています。藤本一子『モーツァルト事典』東京書籍、1991、383。

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