22. 10月 2014 · (208) 《イギリス》と呼んでいたのは日本だけ?? はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

第1回聖フィル♥コラム《運命》と呼ぶのは日本だけ!? で書いた「まあ、そこで出版されたというだけで、一時期『イギリス』と呼ばれていた交響曲があったくらいですからね……」。オケ・ファンなら、ドヴォルジャークの交響曲第8番!とピンと来ると思います。この交響曲は1892年に、ロンドンのノヴェッロ社から(第8番ではなく)交響曲第4番として出版されました。

それまでドヴォルジャークの作品を出版していたのは、ベルリンのジムロック。ブラームスの紹介(推薦)による《モラヴィア二重唱曲集》と、委嘱による新作《スラヴ舞曲集》を1878に出版。これらが評判を呼び、ドヴォルジャークは一躍脚光を浴びることになります。それ以来の縁がきしみ出したのは、1884年初め1。第7番交響曲の出版の際にジムロックが提示した3,000マルクは、彼がブラームスの交響曲に支払った額のちょうど1/5、ドヴォルジャークが希望した額の1/2に過ぎませんでした2。このとき(1885)は、ドヴォルジャークの額をジムロックが受け入れ、ドヴォルジャークは《スラヴ舞曲集第2集》を作ることで折り合いがついたのですが……。1890年に、前年から依頼されていたプラハ音楽院の作曲と管弦楽法の教授職を引き受けたのは、第8番交響曲の出版料に関してジムロックと決裂したことが、理由のひとつと考えられます。

イギリス的な性格やイギリス音楽の特徴を持っているわけでもなく、イギリスの団体に委嘱されたわけでもない「イギリス」交響曲。このニックネームは、どれくらい一般的? 私が持っている国内版CD3枚のうち2枚には、ジャケットや裏の曲目リスト、帯などに「イギリス」の表記が入っています。また、外には書かれていない1枚を含む3種類全ての解説の中に、イギリスで出版されたから「イギリス」と呼ばれる(た)こともあると記されています。一方、輸入版2枚には、外側にも内側(解説)にもニックネームは書かれていません。Wikipediaでも、英語版にはノヴェッロから出版されたと書いてあるだけ。New Grove 音楽事典第2版も同様。もしかして「イギリス」と呼んでいたのは日本だけ??

いえいえ、ネットで検索してみたらいろいろ出て来ました。イギリスのアマ・オケの曲目解説に「サブタイトル “The English”」と書いてあったということは、本家のイギリスでも使われていたということ。他にも、ニュージーランド人が書いた曲目解説に「しばらくは “English” として知られていた」、ロサンジェルス・フィルの解説に「かつて the “English” Symphony と呼ばれた」、ドイツ語版Wikipediaに「Die Englische」などなど。「イギリス」は日本だけではなく、各国で使われたニックネームだったのですね。

  1. Doge, Klaus, ‘Dvořák, Antonín,’ The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 7, Macmillan, 2001, p. 781.
  2. 前掲書, p. 782.