10. 9月 2014 · (202) 循環形式の到達点!? チャイコフスキ―の第5交響曲 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

前の楽章の旋律を後の楽章でまた使うなんて、ありえなかった時代。ベートーヴェンの《運命》終楽章には、第3楽章の後半が唐突に登場します((13) 《運命》「掟破り」のベートーヴェン参照)。ベルリオーズは《幻想交響曲》で、1つの旋律(イデー・フィクス)を変形しながら全楽章に使いました((173) 《幻想交響曲》の奇妙さ参照)。その後、多くの作曲家がこの循環形式で曲を作りましたが、《幻想》のように旋律が全楽章に循環する例はそれほど多くありません。

チャイコフスキーの第5番交響曲で循環するのは、第1楽章冒頭の序奏主題。クラリネットによる低音域でつぶやくような地味な(暗い??)メロディーで、「運命の主題」と呼ばれます。チャイコフスキー本人がスケッチに、「序奏。運命の前での、あるいは同じことだが、人に計り難い神の摂理の前での完全な服従」と標題(プログラム)を書き込んでいるからです1。第1楽章で「運命の主題」が現われるのは、この序奏部分だけ。でも、クラリネットとファゴットが吹く主部の第1主題は、この「運命の主題」から生まれたもの。アウフタクトを除くと、3回の同音連打で始まり、ゆるやかに上行して下降する旋律線、実音でミとラ(ホ短調のトニックとサブドミナント)を繰り返す低音の動きなどがそっくり。第1楽章は「運命の主題」の最初の変形に基づいているとも言えます。

第2楽章アンダンテ・カンタービレでは、稀代のメロディー・メーカーの名旋律が贅沢に使われる中、突然「運命の主題」が登場。あの地味な主題が、全奏の堂々とした響きに様変わり。その後、何事も無かったかのようにもの悲しく美しく楽章が終わる……と思いきや、最後にもう一度「運命の主題」。1回目よりもさらに激しく劇的に、現実を突きつけます。

第3楽章は優美なワルツ。まさかもう現われないだろうと油断させておいて、最後の最後に「運命の主題」登場。クラリネットとファゴットが低音域で、3拍子に変わった(ワルツですから当たり前ですが)旋律を吹きます。「運命はあなたを忘れていませんよ」ということ?? でも、ぼそぼそしたつぶやきがちょっとユーモラスにも聞こえます。

終楽章は第1楽章と同様に、「運命の主題」で始まります。相変わらず低音域ですが、ここではホ短調ではなくホ長調。ヴァイオリンとチェロによって、朗々と歌われます。主部に入ってからも、提示部や再現部の最後(後者はコーダへの移行部)に現われますが、何と言っても圧巻はコーダ。「運命の動機」長調版が華やかに高らかに奏され、まるで勝利宣言のよう。さらに、この旋律から生まれた第1楽章第1主題の長調版が戻って来て、曲を締めくくります。

循環形式は、旋律を複数の楽章で繰り返し使うことで楽曲全体に統一感をもたらすと同時に、旋律を変形し続けることで音楽を展開し前に進む原動力を生み出します。変形には無限の可能性がありますから、まさに作曲家の腕の見せ所。チャイコフスキーは交響曲第5番で、「イデー・フィクス」型の循環手法を有機的かつ構築的に用い(ベートーヴェンが《エロイカ》や《運命》で多用した、主題動機労作を思い出させます)、野心的な作品に仕上げていますね。

  1. 訳は森垣桂一「ミニチュア・スコア解説」『チャイコフスキー交響曲第5番、音楽之友社、2010、v。英語では「the agency of fate」(Horton, Julian, “Cyclical Thematic Processes in the Nineteenth Century” The Cembridge Companion to the Symphony, ed. by Julian Horton, Cambridge University Press, 2013, 212)なので、正確には「運命」ではなく「運命の力」の主題。スケッチの中の「神の摂理(Providence)」とも関連しています。

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