30. 4月 2014 · (183) ペトルッチありがとう! はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags:

IMSLP国際楽譜図書館プロジェクト、別名ペトルッチ楽譜ライブラリー(Petrucci Music Library)。カナダにおいて著作権が消滅し(国によって著作権で保護される期間が異なります)、無料で使用できるパブリック・ドメインの楽譜(と録音)を集めた、ネット上のデータベース。オケ奏者に限らず、利用している方が多いはず。私も、図書館に楽譜を借りに行く回数が減りました。曲によっては初版や自筆譜のデータも含まれていて、いつも「ペトルッチありがとう!」と感謝しながら利用しています。コラム終わり。

……ではなく、本題はここから。このペトルッチって何か、ご存知ですか? 日本語のメインページでも、右下に説明が載っていますが、気にとめたことが無い人が多いのではないでしょうか。ペトルッチとはおいしいお菓子の名前……ではなく地名……でもありません。世界で最初に多声音楽の楽譜を活版印刷した、イタリアの印刷業者の名前です。

図1:ペトルッチの『オデカトンA』表紙(ヴェネツィア、1501)

図1:ペトルッチの『オデカトンA』(ヴェネツィア、1501)

ヴェネツィアでオッタヴィアーノ・ペトルッチ(1466〜1539)が出版した『オデカトン』は、楽譜印刷の新時代を開いた歌曲集。正式なタイトルは『Harmonice Musices Odhecaton A 多声音楽の百の歌 A』(図1参照)1。このAの飾り文字が、IMSLPのロゴマークになっていますね。3声と4声のシャンソンなど、96曲が収められています。完全な形では現存しないのですが、ヴェネツィア貴族で外交官だったジロラモ・ドナートへの献呈辞(通常は、献呈された人=出版費用を出してくれた人)が1501年5月15日付けであるため、同年の出版とされます。

グーテンベルクが活版印刷技術により『グーテンベルク聖書』を印刷したのが1455年。1字ずつ書き写す手写や木版印刷よりも、1度に多くの部数を作ることが可能になりました(火薬・羅針盤とともに、ルネサンスの三大発明と言われます)。ただ、アルファベット26文字の大文字と小文字の活字で足りる書籍に較べて、楽譜の印刷には歌詞用アルファベット以外に、各種音符や休符、五線や音部記号、臨時記号など、多種多様な活字が必要。ずっと複雑なため半世紀の遅れが生じたのでしょう。

ペトルッチは『オデカトン』など初期の楽譜を、3回の重ね刷りで印刷したようです。1回目に音符、次に五線、3回目に歌詞やイニシャルを印刷しました2。1503年以降は五線と歌詞を一度に印刷し、重ね刷りは2回に。口で説明するのは簡単ですが、印刷するのはとてもとても大変だったはず。ちょっとずれると、線の上の音が線の間に印刷されて、音が変わってしまいますから。でも、『オデカトン』はずれどころか、端正で美しく(図2参照)、しかも正確でした。『オデカトン A』は、1503年と04年に相次いで再版。『Canti B』などの続編も出版されました。

楽譜印刷は、音楽の流通の在り方を大きく変えることになります。1音符ずつ書き写された手写本は、とても高価で貴重なものでした。でも印刷楽譜なら、市民にもなんとか手が届きます。遠くで作られた曲も、印刷・出版のおかげで演奏できるようになりました。ペトルッチのような正確な印刷譜なら、広い地域に同じ形で音楽が伝わります。IMSLPの別名は、彼の業績に並ぶという自負のもとに名付けられたのでしょう。ペトルッチ・ライブラリーの楽譜をダウンロードするときには、現在に続く楽譜印刷技術の最初の実現者となったオッタヴィアーノ・ペトルッチの、500年前の業績にも感謝しなければなりませんね。

図2:『オデカトンA』より

図2:『オデカトンA』第1曲、デ・オルト作曲《アフェ・マリア》、カントゥスとテノール

  1. グラウト『西洋音楽史上』服部幸三、戸口幸策訳、音楽之友社、1569、209ページ。
  2. 前掲書など五線を最初と書いているものもありますが、Boorman, Stanley, “Petrucci, Ottaviano,” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 19, Macmillan, 2001, p. 519 の記述を取りました。