12. 2月 2014 · (172) 音楽の商品価値 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

音楽ジャンルに、上下関係はありません。交響曲だけが偉い、いえ重要!ではなく、歌曲もオペラも室内楽も、みんな同じように重要です、と書こうと思ったら……。モーツァルトにとって音楽は、ジャンルによって価値が異なるものでした1。1783年に作曲した交響曲第36番《リンツ》と、1784年に作曲した4つのピアノ協奏曲(第14〜17番)の自筆譜に関する父への指示に、それがあらわれています。

レオポルト・モーツァルトへ(1784年2月20日、ウィーンにて) 交響曲の譜はオリジナルですので、いつか写しを取ってください。そうしたらぼくに送り返すか、あるいは誰かにあげるか、お好きなところで演奏させても結構です。協奏曲(第14番)もオリジナルですから、これもどうぞ写しをとってください。でも取り終わったらできるだけ早くぼくに返してください。忘れないでほしいのですが、これは誰にも見せないでください。ぼくはこれを、[バーバラ・]ブロイヤー嬢のために作曲しました。この人はぼくに気前よく払ってくれたからです。

レオポルト・モーツァルトへ(1784年5月15日、ウィーンにて) リンツで例のトゥーン伯爵のために書いた交響曲、それに4つの協奏曲を、今日の郵便に乗せました。交響曲についてはかまいませんが、4つの協奏曲のほうは、家で写しをとるようにしてください。ザルツブルクの写譜屋はウィーンの連中と同じくあまり信用できませんから。確かな話ですが、ホーフシュテッターは、ハイドンの音楽の写しを二部取ったそうです。(中略)これらの新しい協奏曲のうち変ロ長調(第15番)とニ長調(第16番)はぼくだけのものですし、変ホ長調(第14番)とト長調(第17番)のはぼくとブロイアー嬢だけのものですから、誰かの手に入るとすれば、こういう不正行為以外に方法はありません。ぼく自身は、何でもぼくの部屋で、ぼくの見ている前で写譜させています。

18世紀後半には、大編成の合奏曲を出版する場合、彫版を作って印刷するよりも手で書き写すほうがまだ一般的だったそうです2。でも、手紙に書かれているように、こっそり余計に写して売りさばく不届き者の写譜屋もいたのです。海賊版が出てしまうと作曲者の得になりません。モーツァルトにとって写譜屋は、料金や仕事のスピード、正確さだけではなく、信用できるかどうかが大問題でした。

ところで、手紙の中でモーツァルトは、協奏曲の海賊版が出ることをとても心配し、家で(家族が)写すようにとか、誰にも見せないようになどと指示していますね。一方で交響曲は、だれかにあげてもよいとか、どこかで演奏されてもかまわないと書いています。つまり、モーツァルトにとって協奏曲の方が、交響曲よりも商品価値がずっと高かったということになります。

(16)「交響曲」は開幕ベルなどで書いたように、18世紀の交響曲は演奏会の序曲。開幕ベル代わりの、ほぼ使い捨ての音楽でした。一方の協奏曲は、観客がソリストの妙技を楽しむ、演奏会のメイン。どちらが重要か、考えるまでもありません。しかも、モーツァルトにとってピアノ協奏曲は、自分の予約演奏会の呼び物。1784年の2〜4月に作られたこれら4曲は、できたてのほやほやの「最新作」。まだウィーンの人々に知れ渡っていない、大事な大事な財産だったのです。交響曲が偉い、いえ重要!どころか、モーツァルトは交響曲の海賊版をあまり気にしていなかったというお話でした。

  1. 手紙の抜粋も含めて、マーシャル『モーツァルトは語る』高橋英郎、内田文子共訳、春秋社、1994、94-95。
  2. 前掲書、91。

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