08. 1月 2014 · (167) 演奏会用序曲と交響詩 (1) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , ,

既にコラムで何度か取り上げた交響詩((74) ミステリアス、《レ・プレ》(43) シベリウスと《フィンランディア》)。詩が付いた交響曲ではないこと、みなさんご存知ですよね。それでは、演奏会用序曲って何でしょう? オペラの序曲のように、演奏会の幕開けに演奏される曲? もとは、イタリア風序曲シンフォニーアなどから成立した「交響曲」(赤ちゃん交響曲)が、演奏会の最初に演奏されていました((18)「赤ちゃん交響曲」誕生までなど参照)。が、それと演奏会用序曲は別物です。

演奏会の1曲目に演奏される序曲? 確かにオーケストラのコンサートでは、オープニングの短めの曲として序曲が演奏されることもあります(聖フィルでも、《フィガロの結婚》《エグモント》《オーリドのイフィジェニー》などの序曲を、1曲目に演奏してきました)。でも、オペラなどの序曲だけが演奏会で取り上げられても、それは(ただの)序曲。演奏会用序曲とは呼びません。

正解は、19世紀以降に単独楽章として作曲された、序曲という名称を持つ管弦楽曲。劇作品などの導入曲ではなく、序曲だけで独立した作品です。原型はベートーヴェンの、たとえば序曲《霊名祝日》(1814〜15)。最初のスケッチ(1809)には「あらゆる機会のための――あるいは演奏会のための序曲」と書かれていて、彼が単独の曲を意図していたことがわかります1。皇帝の霊名祝日の祝賀行事用として作曲が進められた時期があったためにこの名で呼ばれますが、結局、霊名祝日のプログラムからはずされました。最終的に、最初に考えたような「あらゆる機会のための序曲」になったと言えます。

ベートーヴェンの11の序曲の中で、オペラや演劇と無関係に成立したのはこれだけですが、音楽的に独立した序曲は他にもあります。《コリオラン》序曲(1807)は、ウィーン宮廷劇場で成功を収めていた、ハインリヒ・フォン・コリン作の舞台劇用序曲として作られました。コリンに献呈したものの、この序曲をつけた舞台上演の記録は残されていないそうです2。また、《献堂式》(1822)序曲は、劇場のこけら落とし公演の祝典劇用に作曲したもの。劇中音楽の多くは同様の機会のために作られた《アテネの廃墟》(1811)からの転用なので、新作の序曲は、独立した曲と言えなくもありません。

演奏会用序曲の原型がベートーヴェンなら、典型はメンデルスゾーン。たとえば《ヘブリディーズ諸島(フィンガルの洞窟)》(1830)は、オペラや演劇と関係の無い、序曲だけの音楽です。彼は、スコットランド旅行中ヘブリディーズ諸島に魅了され、「心に浮かんだものを書き留め」ました(譜例1)。序曲冒頭は、拍子以外ほぼスケッチそのまま。寄せては返す波のような、もの悲しい第1主題になっていますね。

譜例1:

譜例1:メンデルスゾーン《ヘブリディーズ諸島》のスケッチ前半、1829年8月7日

《静かな海と楽しい航海》(1830)はゲーテの同名の本からインスピレーションを得たもの。また、《夏の夜の夢(真夏の夜の夢)》の序曲(1826年)も、シェイクスピアの独語訳を読んだ17歳のメンデルスゾーンが、単独で作った演奏会用序曲でした(初めはピアノ連弾用。有名な結婚行進曲などの劇付随音楽を作曲したのは、16年後の1942年)。

以前から、オペラの序曲が本体と切り離されて、コンサート・ピースとして演奏されていました。ヘンデル、モーツァルト、ケルビーニらのオペラ本体が忘れられた後も、序曲は残りましたし、モーツァルトは《ドン・ジョヴァンニ》序曲の演奏会用エンディングを作っています。19世紀に演奏会用序曲というジャンルが成立するのは、ごく自然な流れだったのでしょう。

しかし、1850年代に交響詩が生まれると衰退に向かいます。前回ご紹介したショスタコーヴィチの《祝典序曲》は、20世紀に作られた(かなり稀な)例の1つ((166) おめでたい (!?) 音楽参照)。ソナタ形式による長過ぎない単一楽章の管絃楽曲という伝統が、受け継がれています。

  1. 大久保一「序曲《霊名祝日》ハ長調 Op. 115」『ベートーヴェン事典』東京書籍、1999、121。
  2. 平野昭「悲劇《コリオラン》序曲 Op. 62」前掲書、492。

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