11. 12月 2013 · (163) 考えて弾くこととは はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags:

楽器を弾く(吹く・叩く)ときに、何か考えていますか。明日の仕事の段取りとか夕ご飯の献立とかそういうことではなく、演奏している音楽について考えていますか。次はファのシャープだとか、アクセントが付いているとかではなく、それがどのようなイメージの曲か、考えていますか。以前、楽しみながら弾くことの重要性をあげました((21)「楽しんで弾くこと」とは?)が、今回は演奏論の第2弾として、考えて弾くことについて。

同じ人が同じ楽器を同じように弾いても、そのときの気持ちが投影されて違う響きの音になるのは、みなさんも経験済みだと思います。たとえば、忙しかったりストレスがたまってイライラしているときの音は、落ち着いたときにくらべてなんとなくガサガサ、キンキン聞こえませんか(その音で、さらにイライラが募ることも……)。

先に否定的なケースを書きましたが、逆にまた真。考えながら弾く、音楽のイメージを思い浮かべながら弾くことによって、そのイメージに近い音が出るはずです。たとえば、ヴィヴァルディの《四季》から《冬》の第2楽章。通奏低音パートは8分音符の連打。何も考えないと、ぶっきらぼうになりかねません。でも、この協奏曲集はソネット(14行から成るイタリア語の定型詩)に添って作られていましたね。《冬》の第2楽章は、

暖かいだんろで人々が安らかにすごす間に
万物は恵みの雨ですっかりうるおう1

の部分。居心地の良い部屋の中の、家族や友達とのなごやかなひとときをイメージしながら弾けばいいのです。単純なパターンの8分音符も、不思議とそんな響きになるはずですから。

オーケストラの演奏では、強弱の指定やカデンツの位置などに基づく、全員で共有すべきイメージもあります((149) カデンツを感じるということ参照)が、それだけでは不十分。各自が「考えながら弾く」「自分のイメージを持って弾く」ことは、アマ・オケ奏者が楽譜を音にするだけの演奏から脱却するための、重要なポイントです。「楽しんで弾く」ことのように、練習しないと身につきません。

《四季》のような解説付きの曲以外は、自分でイメージを考える必要があります。初めは大変ですから、時代や国籍が異なる音楽を較べてみたらいかがでしょうか。たとえば、同じバロック時代の曲でも、バッハの《ブランデンブルク》はかっちりした感じ、ヴィヴァルディの《四季》は生き生きした感じとか。それに対して19世紀末のエルガーは憂いを帯びた感じとか、そんな漠然としたもので十分。曲全体を考えるのが難しければ、特定の部分のイメージを考えるのもよいですね。たとえば、期待をはずされて苦笑いさせられる感じとか、どんどん怒りがたまって爆発寸前の感じとか。

ソロがあったら、ぴったりのイメージが見つかるまで考えてください。ずっと遠くまで音が響き渡る感じ? 高いところから静かに音が降りて来る感じ? 自分のイメージを思い浮かべながら演奏することで、自分らしい(自分だけの)ソロになります。アマ・オケ奏者は、プロのように自分のイメージに合う音を作り出すことはむずかしいですが、考えながら弾くだけでイメージに近づきます。ソロが無ければ、長い交響曲の中で自分が1番好きな部分のイメージを考えるところから、始めてみてください。

  1. ビバルディ:協奏曲作品8 第一番〜第四番〔四季〕(解説:小船幸次郎)、全音楽譜出版社、n.d., p. 80.

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