06. 11月 2013 · (158) ハイドンの交響曲は106曲! はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

ハイドンの交響曲は全部で104曲と思っている方、多いですね。小さなことに目くじら立てるなと言われそうですが、やはり気になります。ハイドンが最後に作曲したのは、《ロンドン》というニックネームの104番。でも、これは総数ではありません。ハイドンの交響曲は、初期のコラム((15) 交響曲の成長期)で言及したように、全部で106曲です。

この勘違い、モーツァルトの交響曲とよく似ています。19世紀にケッヘルがナンバリングしたモーツァルトの交響曲番号は未だに広く使われていて(最新のケッヘル目録第6版ではこの番号を除いていますが)、最後に作曲したのは確かに41番《ジュピター》。でも、欠番もありますし、ケッヘル没後に見つかった真作交響曲もあります。総数はおよそ50曲でしたね((14) モーツァルトが作った交響曲はいくつ?参照)。

ハイドンの作品目録(器楽曲は1957年出版)を作ったホーボーケン(大感謝!)が交響曲につけた番号は、H I:1から108まで。そのうち1~104は、実は1908年にブライトコップ社から刊行されたハイドン旧全集の、マンディツェフスキーがつけた番号をそのまま踏襲しています。ホーボーケンが加えたのは、残りの105~108番。

108から除外されるのは、105番と106番。105番は協奏交響曲。18世紀に流行した、複数の独奏者を持つ協奏曲(バロック時代のコンチェルト・グロッソにあたります)で、現在は協奏曲に含めます。一方106番は、第1楽章しか現存しません(1769年に作られたオペラ《漁師の娘たち》の序曲として作曲されたと考えられています1)。

それでは、107番と108番が旧全集から漏れた理由は? 107番は変ロ長調 3楽章構成。1762年以前に作曲された初期の交響曲。ハイドンの交響曲Aと呼ばれます。管楽器パート(オーボエ2とファゴット2)を取り除いた形で、1764年に弦楽四重奏曲作品1の5として出版されたのが混乱のもと。ハイドン存命中に作られたエルスラー目録(ジャンル別。ハイドンの写譜屋ヨハン・エルスラーが、1805年に作製)に弦楽四重奏として記載され、ホーボーケンも弦楽四重奏のカテゴリー(III)の5番に(現在、H III:5は欠番)2

108番は、同じく変ロ長調で1765年以前に作曲されました。こちらはハイドンの交響曲B。オーボエ2、ファゴット1、ホルン2と弦の編成です。1769年にパリで交響曲として出版され、しかもエルスラー目録の交響曲の項に記載されていました。旧全集に納められなかった理由はわかりません。

ところで、モーツァルトの交響曲数が研究者によってまちまちなのに対して、ハイドンの交響曲数はどの資料でも106曲。信頼度が高くない(少なくとも西洋音楽史に関しては)ウィキペディア日本語版にも、106曲と出ています。

でも、ハイドンが交響曲とみなしていたのは、この106曲(当時は協奏交響曲も交響曲の範疇に入っていたので、正確には107曲)だけではなかったはず。エルスラー目録も、当時まだ交響曲というジャンルが確立していなかった状況を反映しています。たとえばフルート1、オーボエ2、ホルン2、ヴァイオリン2と通奏低音のためのスケルツァンド(H II:6)が、シンフォニーアとして記入されていましたし、交響曲グループの最初には、オペラ《薬剤師》(H XXVIII:3)の序曲が記載されていました3

それにしても、モーツァルトにしてもハイドンにしても、一度流布してしまった情報を修正するのは難しいですね。マンディツェフスキーは作曲年代順に番号をつけたのですが、その後の研究で年代が修正された交響曲も少なくありません。というわけで、ハイドンの交響曲総数は106曲(面倒ならいっそ「100曲以上」とでも)、番号は作曲年代順ではないということを、どうぞお忘れなく。

  1. Webster, James, “Haydn.” The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol.11, Macmillan, 2001, p. 232.
  2. ウィーン宮廷作曲家だったヴァーゲンザイル(1715〜77)の作とする資料もあります。
  3. 大宮真琴『新版ハイドン』音楽之友社、1981、p. 173。

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