31. 7月 2013 · (144) a’=440になるまで (2):カンマートーン はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , ,

(104) a’=440になるまで (1):コーアトーンを書いてから早9ヶ月。「(61) 楽譜どおりに演奏してはいけない場合に『バロック時代は、現在に比べて低いピッチで楽器を演奏していました』と書いてあるのに、高いピッチの話しか無かった」とか、「バロック・ピッチってa’=415でしょ、全然触れていない!」などのご不満を解消すべく、今回はコーアトーン以外のバロック・ピッチ、カンマートーンについて書きます。

地域により時代により様々なピッチが使われていたことは既に書いたとおりですが、実は同じ時・同じ場所でも、音楽の種類によって異なるピッチが使われていました。カンマートーン Kammerton とはドイツ語で室内ピッチの意味。教会や劇場ではなく貴族や王の館の一室で演奏される、世俗音楽のピッチです。

もともとは、教会のオルガンのピッチであるコーアトーンよりも、カンマートーンの方が1全音(=2半音=長2度)ほど高かったようです1。しかし、17世紀後半以降、コーアトーンよりも1全音か1.5全音(=3半音=短3度)低いピッチのフランスの新しい木管楽器が、ドイツにも普及。このピッチがカンマートーンに(弦楽器は柔軟に対応可能なので)。カンマートーンの方がコーアトーンよりも低くなりました。

ピッチが違う楽器を、別々に演奏しているうちは良かったのです。オルガンやトロンボーンのような限られた楽器だけが使われていた教会の奏楽((42) 神の楽器? トロンボーン参照)に、世俗の楽器が入り込んできたとき、問題が起こりました。コーアトーンでチューニングされた教会の楽器と、カンマートーンでチューニングされた世俗の楽器をそのまま一緒に演奏したら、音が合いません。

ピッチの差を考えて、2種類の調を使う必要があります。バッハのカンタータ71番《神はわが王》がその1例(譜例1)2。スコアの上から順番に、トランペット3+ティンパニの祝祭楽器(?!)群と、16分音符がたくさん書かれたヴァイオリン2+ヴィオラ+ヴィオローネの弦楽器群は、調号が無いハ長調。ところが、オーボエ2+ファゴット、リコーダー2+チェロの6パートは、シャープ2つのニ長調で書かれています(丸印)。その下の合唱4部+通奏低音のオルガンはハ長調。つまり、

  1. 木管楽器はカンマートーンなので、コーアトーンの他の楽器よりもピッチが1全音低かった
  2. 同じハ長調で記譜すると変ロ長調が響き、複調の音楽になってしまう
  3. 同じハ長調の響きにするため、1全音高いニ長調で記譜した

実はこれ、移調楽器の扱いと同じ。クラリネットを思い浮かべてください。コーアトーンとカンマートーンが1全音違う地域では、バッハはカンマトーンの楽器をB管クラリネットを使うときのように1全音高い調に、短3度違う地域(ワイマール)では、A管を使うときのように短3度高い調に移調して書きました3

というわけで、「バロック時代はピッチが低かった」という認識では全体像を見誤り安いので、注意。ましてや、バロック時代は a’=415だったなんてとんでもなーい! 現在、古楽演奏で一般に使われるバロック・ピッチ a’=415は、便宜上(特にチェンバロのため)の数値に過ぎません。カンマートーンもコーアトーンも土地ごと教区ごとに異なっていたのですから、基準ピッチなど存在しませんでした。バロック時代に使われたピッチの1つカンマートーンは、現在よりもおよそ半音低かったと理解してください。

譜例1:バッハ作曲カンタータ《神がわが王 Gott ist mein König》BWV 71 (ミュールハウゼン, 1708)

譜例1:バッハ作曲カンタータ《神がわが王 Gott ist mein König》BWV 71 第1曲冒頭(ミュールハウゼン, 1708)

  1. B. Hynes, ‘Pitch, §1: Wetern Pitch Standards,’The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 19, Macmillan, 2001, p. 796.
  2. 橋本英二『バロックから初期古典派までの音楽の奏法』、音楽之友社、2005、208〜9ページ。
  3. Hynes, p. 794.