12. 5月 2013 · (133) トリオはトリオだった はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , ,

交響曲の第3楽章は、メヌエットでもスケルツォでも、AーBーAの形で作られることが多いですね。中間部分Bはトリオと呼ばれ、その後にA部分がダ・カーポ(イタリア語で「頭から」=冒頭に戻る)されます。でも、第3楽章の中間部分って、3重奏ではありませんよね。どうしてトリオと呼ばれるのでしょうか。

17世紀、バロック舞踏のステップ・パターンをひと通り終えるためには、かなりの長さの曲が必要でした。たとえばメヌエットの一連の動作には、120小節もの音楽が必要だったそうです1。しかし、メヌエットにしてもガヴォットにしてもサラバンドにしても、舞曲はそれほど規模の大きいものではありません。1つの曲を踊りが終わるまで何度も何度も繰り返すのでは、踊る人も伴奏する人もつまらない。やがて、同じ舞曲がもう1つ加えられ、最初の曲がそのあとで繰り返されるようになりました。編成や響きが異なる2曲を交代させれば、変化を楽しむことができます。

第2舞曲を3重奏で作曲したのは、リュリ(あの、重い杖を床に打ちつけながら指揮していたときに、誤って自分の足を打ち、その怪我がもとで亡くなった人((18) 「赤ちゃん交響曲」誕生まで参照)。叙情悲劇《アルミード》(1686)のプロローグで、第1メヌエットを弦5声部で作曲する一方、第2メヌエットは2本のオーボエとファゴット用に。《ペルセ》(1682)でも、3声部の第2パスピエを作り、1回目はオーボエ2本とファゴット、2回目はソプラノ2人と通奏低音((132) 楽譜どおり演奏しても足りない場合参照)という異なった組み合わせを指定2。2交代5部構成(A – B – A – B’ – A)で、踊りに十分な長さにしたのです。第2舞曲が3重奏ではなく2重奏や4重奏で作られるときもありましたが、それでもトリオと呼ばれました。

バッハは《ブランデンブルク協奏曲》第1番の第2メヌエット(=トリオ)を、リュリと同じ3重奏編成(オーボエ2とファゴット)にしました。さらに、異なる3重奏編成(ホルン2とオーボエ・ユニゾン)用の2拍子のトリオや、弦楽器のみのポラッカ(=ポロネーズ。メヌエットと違う舞曲!)もはさんで、M – T1 – M – P – M – T2 – M の7部構成に3。舞踏の伴奏音楽ではありませんから、多様性のためでしょう。

初期は3楽章構成だった交響曲の第3楽章としてメヌエットが取り入れられたのは、おもしろみの少ない交響曲を少しでも楽しんでもらうための聴衆サービスでしたね((87) 流行音楽メヌエット。それをベートーヴェンがスケルツォに置き換えたのでした((101) メヌエットからスケルツォへ参照)。実用的な舞曲と同じ、「第1メヌエット – 第2メヌエット – ダ・カーポして第1メヌエット」という形や、第2メヌエットがトリオと呼ばれる慣習が、交響曲に持ち込まれたのも当然。

トリオを2回繰り返して A – B – A – B – A にしたり(ベト7など。《運命》については((81) 音楽における冗談参照)、2種類のトリオで A – B – A – C – A にしたり(シューマンなど)、トリオ部分の拍子を変えたり(《田園》など)するのも、バロック時代に前例があるのですね。また、通常はメヌエットよりも薄い編成で作られたり、弦楽器よりも管楽器を活躍させて趣を変えること(《エロイカ》のホルン3重奏が好例)も、バロック時代からの流れでした(この概念は20世紀でも続きます)。というわけで、現在は名称と概念しか残っていないものの、交響曲第3楽章のトリオの大元は本当に3重奏だったというお話でした。

  1.  Schwandt, Erich, “Trio” New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 25. Macmillan, 2001, p. 743.
  2. (135) トリオはトリオじゃなかった?註1を参照のこと(13/06/01追記)。
  3. M: メヌエット(ホルン2、オーボエ3、ヴァイオリン2、ヴィオラ、通奏低音)。T1: 第1トリオ(オーボエ2とファゴット)。P: ポラッカ(弦、3/8拍子)。T2: 第2トリオ(ホルン2とオーボエのユニゾン、2/4拍子)。