08. 11月 2012 · (106) ハイドンの給料 (2) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

ふつう程度の家庭を維持するのに年700フロリン必要なのに、エステルハージ家の楽士23人中14人の年棒は400フロリンかそれ以下((105) ハイドンの給料 (1) 参照)。どうやって生活していたのでしょうか。

宮廷楽士は基本的に「制服支給+食事付き+住み込み」でした。定職につけず食うや食わずの楽士も多かったのですから、たとえ給料が少なかろうと、衣食住が保証されていればそれで十分。宮廷全体の中では楽士は高いポストとは言えなかったものの、公募やオーディションに合格して宮廷に就職することは、楽士にとってあこがれでした。

エステルハージ家では臨時収入も。ニコラウス候は、非常に満足できるオペラ公演や演奏会の後、ハイドンや楽士たちにドゥカート金貨を与えることもあったそうです。ハイドンは10年間で260ドゥカートほど賜りましたが、これがざっと1126フロリン! 1

さらに、現金だけでなく時にはそれを上回る現物支給があったのです! 生活必需品が現物で支給されるのが、当時の給与体系でした。1773年にアイゼンシュタット(エステルハージ家の本拠地)の宮廷礼拝堂オルガニストが亡くなり、冬の間はハイドンが代理オルガニストを務めることになります。彼は、その分の給料の現物払いを希望しました。表1は、現金支給額(1763年から変わらず)を含む内訳です2

表1:エステルハージ家での年棒

この表ではフロリンではなくグルデンで書かれていますが、価値は同じです。小麦などの単位1メッツェンは3.44リットル3。1ポンドは560グラム。薪の単位1クラフターは約1.8mのようです。ワインなどの単位1アイマーは、オーストリアでは56.5リットル。この表で調理用香辛料と書いてある欄には、レンズ豆や大麦、セリモナ粉などの穀物が含まれます。野菜とはキャベツやビート。最後の豚は、1頭の誤りです。この他に、馬2頭分の飼料も支給されました(つまり、ハイドンは馬を2頭所持していたということ?)。

1年分とはいえすごい量です。1日につき牛肉500gとワイン約2.8リットル(56.5 × 18 ÷ 365)!! 当時、肉などありつけない人も多かったのではないでしょうか。それに、ワインが水代わりだったとしても、朝昼晩にボトル1本ずつ飲んでも、まだ余りますね。これらすべてを現金に換算すると179フロリン13クロイツァーで、現金との合計額は961フロリン45クロイツァー。ハイドンは、領地管理人(現金2200フロリン+現物支給400フロリン以上)と常任医師(現金2200フロリンのみ)に次ぐ、エステルハージ宮で3番目の高給を得ることになりました(もしもオルガニストを勤められない時には、自費で代理を頼まなければならないという条件付きですが)。

この現物支給の量は、扶養家族の人数によって変わるようです。表1のグリースラーは、1761年に34才で採用されたバス歌手兼ヴァイオリン奏者(1772年の給料リストには含まれていませんね……)。現金支給額はハイドンよりもずっと少ないのに、小麦・ライ麦などは、ハイドンよりも多く支給されています。家族が多かったのでしょう(娘が3人以上いたことは確かです)。塩、バター、野菜はハイドンと同量。ハイドンよりも量が少ないろうそく、薪、ワインは、贅沢品だったと言えそうです。

ハイドンの給料を今の日本の金額にうまく換算することはできませんが、当時としてはかなり恵まれていたようですね。彼以外の楽士たちも同様です。仕事内容や規則が細かく定められた窮屈な宮仕えであったにせよ、従僕としてそれは当然のことでした(3つ目の質問、何の順番で序列がついていたのかについては、また改めて書きます)。

  1. H. C. Robbins Landon, Haydn: Chronicle and Works, Haydn at Esterháza 1766-1790. Thames and Hudson, 1978, p. 41.
  2. 西原稔「音楽家の仕事と収入」『モーツァルト全集1』小学館、1990、76ページを元にしました。
  3. 単位や詳細は、Landon、前掲書、pp. 42-43によります。