24. 10月 2012 · (104) a’=440になるまで (1):コーアトーン はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , ,

音大でバロック音楽の講義中、オリジナル楽器によるバロック・ピッチの音源を使ったら、「なぜ、全て半音下げて演奏しているのですか?」と質問されました((61) 楽譜どおりに演奏してはいけない場合参照)。絶対音感を持つ学生には、「音が楽譜とずれていて気持ち悪い」と不評。私たちはすっかり、a’=440Hz(ヘルツ)という標準音に「洗脳」されています。でも、a’=440Hz――ト音記号第2間のラ(ピアノの真ん中のドの上のラ)は、1秒間に440回振動する音高(ピッチ)である――と定められたのは、1939年にロンドンで行われた国際会議でのこと。まだ70年ちょっとしか経っていません。

もともと、歌を歌うときに標準音など気にする必要はありませんでした。歌える高さで歌えば良いからです。グレゴリオ聖歌のネウマ譜にはヘ音記号とハ音記号が使われていますが((82) 1000年前の楽譜、ネウマ譜参照)、いずれも絶対音高とは関係ありません。

時代が下っても、標準音は必要ありませんでした。教会のオルガンに合わせて歌えば良いのです。オルガンのピッチがそれぞれ異なっていても構いません。この教会のオルガンを他の教会のオルガンと一緒に演奏するというような可能性はありませんでしたから。

教会のオルガンのピッチを、ドイツ語でコーアトーン Chorton(合唱ピッチ。コールトーンと表記されることもあります)と呼びます。もちろん、a’=いくつというような絶対的な値はありません。教会によって、オルガンによって、ばらばらでした。ただ、一般に(特にドイツでは)コーアトーンは高い傾向がありました。高いピッチのオルガンが多かったからですが、これは経済的な理由も1。低いピッチにするとより長いパイプが必要で、より多くのスズを使うことになるのです。

また、パイプを延長するのは難しかったので、パイプを短くしながら調律しました。そのため、調律するたびに、ピッチが上がっていきます。17世紀の末に、ヴェネツィアのサン・マルコ寺院のオルガンは、同市の他のオルガンよりも1全音(=2半音)高いと書かれているそうです2。ヴェネツィアの守護聖人に捧げられたこの寺院は行事も多く、オルガンの調律回数も多かったためでしょう。調律を繰り返して音が高くなり過ぎると、全部のパイプをそれぞれ半音上の音のパイプとして付け替え、最低音のパイプを新調しました3

教会内の温度によってもピッチは変わります。このように、標準音どころか楽器ごとに季節ごとに異なるピッチであっても、聖歌隊とオルガンだけで奏楽している間は問題は無かったのですが……。やがて、教会にヴァイオリンやコルネットなどの世俗の楽器が入り込むようになると、ピッチを統一する必要が生じました。この世俗のピッチ(また改めて書きます)が問題になるのは、バロック時代と古典派時代。それ以前の16世紀から17世紀初めまでは、特定の地域で集中的に楽器が製作されていた(最良の木管楽器はヴェネツィア、金管楽器はニュルンベルクで作られていました)ために、また1830年頃以降は産業革命による規格統一のため、ヨーロッパにおける楽器のピッチは(意外に)差が少なかったのだそうです4

  1. B. Hynes, ‘Pitch, §1: Wetern Pitch Standards,’The New Grove Dictionary of Music, 2nd ed., vol. 19, Macmillan, 2001, p. 797.
  2. 橋本英二『バロックから初期古典派までの音楽の奏法』、音楽之友社、2005、206ページ。
  3. 同上。
  4. Hynes, p. 794.

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