04. 10月 2012 · (101) メヌエットからスケルツォへ はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

新デザインでの1回目。図1のイラストは、交響曲の中の楽章の1つ。さて、何楽章でしょう?

図1:工場で生産される交響曲(部分)Dyries & Lemery, The Story of Music in Cartoon より

左側は2人ずつ手をつないで踊っています。右半分では1人ずつジャンプしたり、ぶつかったりしています。真ん中には「危険! 飛び跳ねる冗談好きに注意!」と書かれた青い看板。そう、メヌエットからスケルツォに変わった第3楽章ですね1。この枠の外には「ベートーヴェンがメヌエットを、飛び跳ねるリズムのスケルツォ(冗談という意味)に取り替えた」という補足もあります。(81) 交響曲の中の冗談で《田園》や《新世界》を例に説明したように、拍がずれたりいびつだったり、イレギュラーな予期しない動きが含まれるスケルツォをうまく表していますね。

みんな同じ青い制服制帽なのは、彼らが工場労働者だから。男女1組のはずのメヌエットを男同士で踊っているのも、同じ理由です。ここは、交響曲を生産する工場の3つ目の作業場。18世紀において「交響曲」(=初期の交響曲=シンフォニーア)は、同じような型でたくさん作曲され(かつ、ほぼ使い捨てのように消費され)ていました(交響曲の誕生シリーズ参照)。

(16)「交響曲」は開幕ベルで既にふれたように、ラルー編纂の『18世紀交響曲主題目録』によると、1720年から1810年ころまでの演奏会に現われた「交響曲」は16,558曲! これは、楽譜が現存する、あるいは曲の開始部主題が確認できたものだけの数です2。そのように大量生産されていた「交響曲」が、ベートーヴェン以降、1曲ずつ全身全霊をこめて作られる記念碑的なジャンルに変わるのです。

メヌエットがスケルツォに替わって変化したのは、テンポだけではありません。より多くの人がコンサート会場に足を運んでくれるように、また、より多くの聴衆が交響曲を楽しめるようにと加えられた、当時流行のダンス音楽メヌエット((87) 流行音楽メヌエット参照)。一方スケルツォは、(形はメヌエットと同じですが)ダンスのための実用音楽ではなく、純粋な音楽ジャンル。つまり、ベートーヴェンによって交響曲は、芸術的な要素だけで構成されるものになったのです。

ただ、彼が第3楽章の曲種を替えたのは、おそらく社会の変化の反映です。18世紀末になると、メヌエットの人気が衰退してしまったのです。ハイドンやモーツァルトの時代には最も人気が高い舞曲だったメヌエットですが、ベートーヴェンが交響曲を書き始める1790年代半ばには流行遅れに3

それでは、メヌエットに代わって1790年代に人気になった、同じ3拍子の舞曲は何でしょう? ヒント:男女が抱き合うように組んで踊るので、不道徳だと禁止された時期もありました。そうです、答えはワルツ。「会議は踊る、されど進まず」のウィーン会議は、1814年でしたね。

  1. Dyries & Lemery The Story of Music in Cartoon: From Pre-History to Present(漫画による音楽の話:有史以前から現在まで), trans. by Sadler, Macdonald & Co, 1983, p. 54. 漫画と言っても風刺漫画のタイプ、日本人がイメージする漫画とはかなり違います。RyISKWさんの情報に感謝いたします。
  2. 『ベートーヴェン事典』、東京書籍、1999、22ページ。
  3. 石多正男『交響曲の生涯』、東京書籍、2006、229ページ。

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