29. 8月 2012 · (96) オーケストラの楽器配置(ライプツィヒ、1835) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , ,

(89) どこで弾いていたのか? 第九の初演 (2) の図2を見て、オーケストラが合唱団の後ろで演奏していたことだけではなく、楽器の配置が現在とずいぶん違うことに驚かれたことでしょう。現在の配置の元を作ったのは、メンデルスゾーンと言われています。1835年にカペルマイスターとなったライプツィヒのゲヴァントハウス管弦楽団で彼が採用したオーケストラの配置は、1843年にロンドンにも導入され、多くの点で「完全に革命的」と評されたそうです(図1。図はすべてクリックで拡大します)1

図1:メンデルスゾーンによる「完全に革命的」な楽器配置

手前が客席。指揮者を中心に、半円形に楽器奏者が並びます。いわゆる対向型とか両翼型と呼ばれる形ですが、ファーストとセカンドの位置が現在と逆。その間に書かれた楽器名はチェロ、その後ろがコントラバスのご先祖さま Violone ですね 。あれれ、何か足りないような……。そうか、ヴィオラがとんでいる。ヴィオラはどこ? ありました。3列目、木管楽器の右側。他の弦楽器よりも冷遇されていますね。

4種類の木管楽器は、音域が高い方から順番に右から一列に並んでいますね。その後ろに金管楽器。人数が多いホルンとトロンボーンが手前。バロック時代から祝祭的な音楽にペアで使われて来たトランペットとティンパニが、最も後ろです(ちゃんとPaukenもあります!)。図2は、1850年の、ゲヴァントハウス管弦楽団のリハーサルを描いたもの2。チェロの手前は、セカンド・ヴァイオリンということでしょうか。1人だけ台の上で弾いているのは、コンサート・マスターでしょうね。彼をはじめ、ヴァイオリンは立っています。

図2:ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏風景

ところで、この「革命的」な配置が導入されるまで、オーケストラの楽器はどのような配置だったのでしょう。ロンドンでは、指揮者を中心に奏者が客席に顔を向けて演奏していて、コントラバスが前にいたので、ヴァイオリンの主旋律が聴こえにくかったそうです。現在と全く違うので、想像しづらい……?

実は、全くの偶然ながら、既にこのような配置をご紹介していました。(57) ヨハン・シュトラウスは人気者の図1としてあげた楽譜の表紙を再掲します(図3)。右上に描かれたコヴェント・ガーデンでの演奏図(1867年)。観客席に向いて弓を振りながら指揮するヨハン・シュトラウス2世の左側に、ずらっと並んだ譜面台。演奏している楽器ははっきりしませんが、譜面台がこの向きで置かれているということは、奏者も客席の方を向いているということですね。それと、指揮者の右側の端に見えるのは、もしかしたらコントラバスと弓(白い横線)ではないでしょうか? このコラムを書いたときには、大人気のヨハン・シュトラウス楽団だからかと思ったのですが、それほど変わった風景ではなかったようです。

作曲家としての活躍以外に、バッハの《マタイ受難曲》を蘇演してバッハ・リバイバルのきっかけを作ったメンデルスゾーン。指揮者としても、大きな功績があったのですね。

図3:ヨハン・シュトラウス2世:《コヴェント・ガーデンの思い出》ピアノ独奏楽譜の表紙

  1. 森泰彦「ベートーヴェンのオーケストラ作品の演奏解釈」『ベートーヴェン全集10』講談社、2000、138ページ。
  2. 田村和紀夫『クラシック音楽の世界』新星出版社、2011、173ページ。