04. 4月 2012 · (75) 《レ・プレ》とソナタ形式 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: ,

(74) ミステリアス、《レ・プレ》で書いたように、リストの交響詩《ラマルティーヌの『詩的瞑想』によるレ・プレリュード》には、作者の意図を示す標題(プログラム)が付いています。フランス語の序文は、人生は死に至る一連の前奏曲であると始まり、人生における愛、嵐、自然、闘いを語ります。リストは《レ・プレ》において、譜例1(クリックで拡大します)にあげた旋律を使いながらこの標題を表現した……はずなのですが。

譜例1:リスト作曲《レ・プレリュード》主要旋律

譜例1:リスト作曲《レ・プレリュード》主要旋律

実はこの序文、作曲後に加えられたもの1 。つまりこの曲は、標題に沿って作られたのではなく、もともと音だけで構築されたのです。しかも、私たちがよく知っている形式を使って。今回はソナタ形式の考え方シリーズ④として、《レ・プレ》に隠された(??)ソナタ形式について考えます。

冒頭の神秘的な旋律が第1主題、ホルンの愛の旋律が第2主題。続く激しい嵐の部分が展開部、自然を表す6/8拍子の牧歌の部分が再現部で、第2主題(愛の旋律)が再現されます。その後の闘いの行進曲がコーダ。ハ長調で始まりハ長調で終了。

でも、ソナタ形式として考えるには、突っ込み所満載! 主調はハ長調ですから、第2主題は5度上のト長調で提示され、ハ長調で再現されるはずなのに、それぞれホ長調とイ長調です。展開部では、提示部で使われた素材ではなく、新しい嵐の旋律が使われます。しかも、大切な冒頭主題が再現されません。ソナタ形式の基本((74)参照)は様々に変形されますが、こんなの(!?)までソナタ形式とみなして本当に良いの?

譜例1をもう一度よく見ると、愛の旋律や嵐の旋律などが、冒頭主題の「ドーシーミ」という、一度下がってから上がる音型を踏まえていることがわかります(◯印の音に注意)。実は、これらは冒頭主題から導き出されたもの。冒頭主題を Aとすると、愛、嵐、行進曲の旋律はそれぞれ B、C、D というよりもむしろ、A1、A2、A3 と考えられます。

したがって展開部では、冒頭主題 A の変形 A2 を展開し、再現部では、冒頭主題とその変形の両方を再現せず、簡素化して変形 A1 だけを再現したとも考えられます(ちょっと苦しい?)。とにかく、この愛の旋律 A1 の再現がポイント。2回とも本来の調ではありませんが、提示部のホ長調が、再現部のイ長調の5度上という、ソナタ形式の基本の関係を維持しています。

実は、ソナタ形式だけではありません。《レ・プレ》は、交響曲の多楽章形式を使ったと考えることもできるのです。最初のアンダンテの部分が第1楽章、テンポが少し上がる嵐がスケルツォ楽章、ゆったりと感じられる牧歌が緩徐楽章、そして闘いの部分がフィナーレ(通常の緩徐楽章とスケルツォ楽章の配置が逆になっていますね)。4つの楽章すべてを、1つの楽章に押し込んでいます。

《レ・プレ》を弾いたり聴いたりしていると、テンポや拍子の変化によって、雰囲気が大きく異なるいくつかのセクションが、それぞれ自己主張している印象をうけませんか。これも、4つの楽章を途切れなく続けた形と考えれば、納得できます。それらの一見(一聴?)関連のない旋律を統一しているのが、下がって上がる「ドーシーミ」音型。

リストは、序文のストーリーを音楽で表現する「ふり」をしながら、旧来の形式を土台に《レ・プレ》を構築したと考えられます。ソナタ形式と多楽章の形式を1つの曲に同時に使うのはシューベルトの例がありますが、リストは「ドーシーミ」の変奏形式も組み合わせました。《レ・プレ》で感じられる異質さは、この多層構造にも関係しているのでしょう。

難しいですか? 難しいですよね。でも、それならリストの狙いは成功したことになります。「わかりそうでわからない」ことも、ロマン派時代の大衆に芸術性をアピールするための、大切な要素でしたから2

  1. Bonner, “Liszt’s Les Préludes” 19th-Century Music, 1986, p. 95など。
  2. 田村和紀夫・鳴海史生『音楽史17の視座』(音楽之友社、1998年)、127ページ。