(52) なぜ管弦打楽と呼ばないのか:管絃 part 1で紹介したように、雅楽の「管絃」は、平安時代から続く日本の伝統音楽です。私たちは西洋のオーケストラについては詳しいのに、自国の器楽アンサンブルについてはあまり(ほとんど?)知りませんよね。というわけで、 オーケストラとの比較も交えながら「管絃」についてもう少し説明したいと思います。
すでに述べたように、雅楽の中の(舞を伴わない)管絃の楽器編成は、三管二弦三鼓。管楽器は、横笛・篳篥・笙3つのパートを同人数で演奏します。現在は、3人ずつの「三管どおり」(三管編成ですね。図1参照)が基本。楽琵琶と楽箏の絃楽器は、管より少ない2人ずつになることが多いのですが、打楽器(鞨鼓、楽太鼓、鉦鼓)は編成の大小に関わらず、必ず各パート1人ずつです。
雅楽の曲は最初はゆっくり始まり、次第にゆるやかにテンポが上がります。指揮者の代わりにテンポ・メーカーとしてアンサンブルを統率するのは(オーケストラならヴァイオリンのトップですが)、管絃では鞨鼓奏者(図1手前右③)。先端が豆状の2本の細い桴で一定のリズム・パターンを繰り返し打ちながら、少しずつテンポを上げていきます。他の奏者は、阿吽の呼吸でこれに合わせます。
西洋音楽では普通、打楽器奏者は打楽器しか受け持ちません。雅楽の場合、打ちもの専門の奏者はおらず、鞨鼓は楽人たちの中の一の者、太鼓はニの者、鉦鼓は三の者が担当したそうです。つまり打楽器は、管楽器などの経験も豊富で上手な者しか打てなかった。もし演奏に何か問題があれば、鞨鼓奏者は腹を切るくらいの覚悟で臨んでいたといいますから、大変な重責だったのですね1。
現在、雅楽を伝承する宮内庁式部職楽部において、楽師たちは三管(笙・横笛・篳篥)から1つ、ニ絃(琵琶・箏)のいずれか、三鼓(鞨鼓・楽太鼓・鉦鼓)はすべて、それに2種類の舞(右舞・左舞)のいずれかと、歌もの(神楽歌・郢曲)すべてを教習します。演奏会で鞨鼓を担当するのは、主席楽長。楽部に限らず現代の雅楽コンサートでは、オーケストラの指揮者のように、鞨鼓奏者が代表しておじぎします。
というわけで、今回のまとめ:
- 西洋のオーケストラの歴史は、モンテヴェルディの《オルフェオ》((44) 神の楽器 ? トロンボーン part 2 参照)以来としてもわずか (?!) 400年。一方、日本の雅楽の管絃は1000年以上の伝統を持つ2。
- その管絃におけるリーダーは、打楽器である。
前回のコラム図2で、打ちものの楽人たちが部屋の外で演奏しているのは、彼らが庶民だからであって、打楽器奏者だからではありません。もしも貴族の管楽器奏者が揃わなければ、あるいは補強が必要であれば、楽人が部屋の外で管楽器を演奏したはずです3。打楽器の皆さま、「打楽器は部屋の外とは、悲しい〜!」なんて、思わないでくださいね。