今回は、コラム(22)に対して川口成彦さんからいただいたコメント中の「(ベートーヴェンは)どうしようもない男だったから結婚出来なかったという説もありますが、恋人はいたようなので、もてなかったわけでもなかったのかな…。」という疑問を取り上げ、この作曲家の、男性としての一側面に光を当ててみたいと思います。

ベートーヴェンはもてなかったのか、もてなかったわけでもなかったのか。彼は生涯を独身のまま終えましたが、真剣な愛は何度も経験しました。1949年に発見されたヨゼフィーネ・ダイムに宛てた書簡集は、そのうちの一つを克明に伝えてくれます。

ハンガリーのブルンスヴィック伯爵家の令嬢ヨゼフィーネ(1779〜1821)は、母に連れられて1799年5月にウィーンに滞在。その間、姉テレーゼ(1775〜1861)とともに毎日のようにベートーヴェンにピアノのレッスンを受けます。翌6月にヨーゼフ・ダイム伯爵と結婚しますが、1804年に夫が亡くなった後、ベートーヴェンのピアノ指導が再開され、やがて……。以下はベートーヴェンの手紙と、ヨゼフィーネがベートーヴェンに宛てた手紙の下書きからの抜粋です。いずれも日付は記されておらず、かっこ内はベートーヴェン書簡全集(BBW)第1巻による推定です1

ベートーヴェンからヨゼフィーネへ(1805年第1四半期、BBW214)

ただ1人の愛する人に――尊敬をはるかに超えているもの――すべてを超えているもの――私たちが名づけることのできないもの――それを表現することのできる言葉が何故ないのでしょう。――おお、誰があなたを言い表すことができるのでしょう。

ヨゼフィーネからベートーヴェンへ(1805年第1四半期、BBW215)

あなたは私の心をずっと前から占めていました、愛するベートーヴェン様――もしこのような保証があなたを喜ばすことができるのでしたら、あなたはそれを受け取ることでしょう。

ベートーヴェンからヨゼフィーネへ(1805年3月/4月。BBW216)

……私たちがもう一度誰にも邪魔されずに一緒になれる時があったら、ただちに、私の本当の苦しみ、生と死の間の私自身との戦い、私が経てきたそれについてお話しなければなりません。――ある出来事のために、私は長い間、この世での人生にあらゆる幸福を疑ってきました。――しかし今はもうそれほどではありません。私はあなたの心を得たのです。

ベートーヴェンからヨゼフィーネへ(1805年4月の終わり、BBW219)

……今晩は姿を見せないままでいなければなりません。(中略)明晩大切な愛するJに逢います。――彼女に告げて下さい。彼女こそ私にとって何ものにもまして大切で価値のある人であると。

ベートーヴェンからヨゼフィーネへ(おそらく1805年4月/5月、BBW220)

……愛するJ、あなたは昨日は大変悲しげでした。――私があなたにしてあげることは何もないのでしょうか。――あなたは大いに私の力になって下さっており――私をこんなに幸せにして下さっているのに。

ヨゼフィーネからベートーヴェンへ(おそらく1806年4月24日、BBW250)

あなたは私の心をどんなに痛めていられるのか、ご存じないのです。――私をまったく間違った仕方で扱っています。――あなたは、あなたがしばしばなさっていることをおわかりになっていません。――どんなに深く私が感じているのかを。――

私の命があなたに大事なのでしたら、もっといたわって扱って下さい。

ヨゼフィーネからベートーヴェンへ(おそらく1806/1807年の冬、BBW265)

……あなたと個人的にお知り合いになる前から――もともとあなたに熱狂的になっていた私の魂は、――あなたのご好意によって掻き立てられました。私の魂の奥深くにあって、どんな表現も不可能であるような一つの感情があなたを愛させてしまいました。あなたとお知り合いになる前から、あなたの音楽は私をあなたに熱狂的にさせてしまいました。――あなたの人柄のよさとご厚情がそれをいっそう強めました。

2人がお互いを大切にし求め合う、親密な感情を抱いていることが、文面から伝わってきますね2。ピアノの生徒である貴族の夫人や令嬢たちを好きになり、相手も自分を愛してくれていると思って結婚を申し込んでは、身分の差を理由に断られていたのだろうと憶測されがちですが(!?)、ベートーヴェンはもてなかったわけではないのです3

最後の手紙(の下書き)にあるように、ヨゼフィーネはまず彼の音楽に惹かれました。彼女は、彼の音楽を理解できるほど知的で音楽の造詣が深く、豊かな感受性を持っていたのです。これらの手紙が交わされたと考えられる1805年から翌年には、ピアノ・ソナタ《熱情》、オペラ《フィデリオ(レオノーレ)》第1稿、ピアノ協奏曲第4番、弦楽四重奏曲《ラズモフスキー》第1〜3番、交響曲第4番、ヴァイオリン協奏曲などの傑作が完成されています。ベートーヴェンは、自分の音楽を深く理解してくれる理想の恋人ヨゼフィーネを得た幸せの中で、彼女への熱い思いを創作のエネルギーにしていたのでしょうね。

  1. 國安洋「ヨゼフィーネ・ダイム伯爵夫人への愛」『ベートーヴェン全集第4巻』講談社、1998。中村孝義「創作の源泉としてのエロス」『同第3巻』講談社、1997年。
  2. この恋愛は1709年に終わり、1710年に彼女はシュタッケルベルク男爵と再婚します。
  3. この憶測に近いケースもありました。たとえばベートーヴェンは30歳のとき、16歳のジュリエッタ・グイッチャルディ(1784〜1858)に出会い、翌1801年には親しい友人に

    ……彼女は僕を愛してくれるし、僕も彼女を愛している。2年ぶりで幸せな時がめぐってきた。結婚して幸福になれるかもしれないと思ったのは、今度が初めてだ。だが残念ながら身分が違う。すぐには結婚することは出来ないだろう。それには大きな努力が必要だ。

    と書き送りましたが、ジュリエッタは親に反対され、まもなくガレンベルク伯爵と婚約してしまいました。ちなみに彼女はヨゼフィーネの従姉に当たります。ベートーヴェンが特別な感情を抱いた女性は他にも数多く、死後に発見された「不滅の恋人への手紙」が誰に宛てたものか、議論を喚びました(現在ではアントーニア・ブレンターノが最有力候補です)。