13. 3月 2011 · (18) 「赤ちゃん交響曲」誕生まで はコメントを受け付けていません。 · Categories: 聖フィル♥コラム · Tags: , , , , , , , ,

フランス語で「あけるもの」という意味のウヴェルチュール。実は単なる「幕開けに演奏される器楽曲」というだけに留まらない、しっかりと形が定まった音楽形式で、日本語では『フランス風序曲』と呼ばれます。ルイ14世に仕えたジャン・バティスト・リュリ(1632〜87)が、「赤ちゃん交響曲」が生まれる前の1650年代から、宮廷バレエやオペラの序曲として作曲し始めました1

ウヴェルチュールの形式は:

  • 緩—急—緩の三部分から成る。
  • 三部分が途切れることなく、連続している。
  • すべての部分が同じ調で書かれる。
  • 最初の遅い部分は2拍子系で、付点のリズムを使う。
  • 早い部分は対位法を使う。まず1声部が演奏を始め、他の声部が1つずつ、同じような旋律を演奏しながら加わって行く。
  • 冒頭と同じ(または似た)付点リズムの音楽で締めくる。この部分は省略可。

フランス国外でも流行し、ヘンデルは自作のイタリア・オペラの序曲に使いましたし2、G線上のアリアなどが含まれるバッハの《管弦楽組曲》の本名(=バッハが書いたタイトル)も、ウヴェルチュールです。オペラの序曲から離れて、「ウヴェルチュールで始まる組曲」という意味も持つようになったのです。

ウヴェルチュールに遅れること数十年、ようやく「赤ちゃん交響曲」シンフォニーアが誕生します。シンフォニーアは、古代ギリシア語の syn(共に)- phonia(響き)に由来する言葉で、複数の音が同時に鳴り響く楽曲に広く(古い時代には声楽曲にも!)使われていました。しかし、ナポリ派オペラの作曲家アレッサンドロ・スカルラッティ(1660〜1725)が、1680年代以降に作り始めた、ウヴェルチュールと異なる定型のオペラ序曲を指す用語になります(日本語では『イタリア風序曲』)。

シンフォニーアの形式は、ウヴェルチュールとは対照的です。

  • 急—緩—急の三部分から成る。
  • 三部分はそれぞれ独立している。
  • 最初と最後の部分は同じ調、真ん中はそれとは違う調が使われる。
  • 真ん中の部分は音量が小さく叙情的に作曲され、非常に短いこともある。
  • 対位法は使われず、旋律声部と伴奏声部の区別がはっきりしている。

ほーら、赤ちゃんでも、形の上では後の交響曲の特徴をしっかり備えていますね。これにハイドンがメヌエットを加えた4楽章構成を整え、ベートーヴェンがメヌエットをスケルツォに変えれば、私たちに馴染み深い交響曲の出来上がり!3

緩—急—緩のウヴェルチュールと急—緩—急のシンフォニーアは、しばらく仲良く?並存していたのですが、やがて正反対の運命を辿りました。シンフォニーアはオペラや演奏会の導入曲として作曲され続け、後に最重要の器楽ジャンルにまで上り詰めましたが、ウヴェルチュールは1750年頃までに廃れてしまいます。付点音符やら対位法やら、作曲上のお約束事が多くて窮屈だったことや、王侯貴族の世にはふさわしかった壮麗な雰囲気が、都市市民が音楽の担い手になった時代にそぐわなくなったなどの理由が考えられます。

でも、今回の聖フィル定演曲である、モーツァルトの交響曲39番の第1楽章。付点のリズムとともに荘重に始まる序奏部は、ウヴェルチュールのスタイルを模しています。速い下降・上行音階による合いの手や、不協和音や半音進行を活かしたハーモニーを織り込んで、モーツァルトは流行遅れの形式を、モダンに違和感なく再生していますね。

  1. このリュリさん、当時の指揮法であった、重い杖を床に打ち付けて拍子をとっているときに、誤って自分の足を打ち、そのけがが元で亡くなったという不名誉なエピソードで有名ですが、実は彼はイタリア人だったことを、ご存知ですか。もともと貴族のイタリア語会話の相手としてフランスに連れて来られたらしいのですが、いつの間にかバレエや楽器演奏の技術を身につけ、ルイ14世自身も太陽役などを踊った宮廷バレエ(太陽王のニックネームはここから来ている)を作曲したり、相手役を務めて王のお気に入りになり、やがて宮廷オペラの上演権を独占してしまいます。
  2. ゆっくりした付点のリズムで始まる《メサイア》の序曲も、ウヴェルチュールの形式です。でも、ウヴェルチュールとは書いていません。キリストの生涯を描いた神聖なオラトリオの序曲に、世俗曲の代表であるオペラの序曲の名前と書くのは、はばかられたようです。
  3. もちろん交響曲の成立には、シンフォニーア以外にも、様々な要素が複雑に影響しています。

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