《エロイカ》交響曲と同様、ベートーヴェンは《運命》交響曲で、たくさんの新しい試みを実行しています。1つのシンプルな動機で1つの楽章を構成することや、その同じ動機を残りの楽章にも使って全体の統一を図ることも、革新的な試みの一部です(コラム(2)(3)(5)参照)。

3楽章と4楽章にも、2つの新しい試みが見られます。1つは、第3楽章の2度目のスケルツォ。スタッカートで弱奏される幽霊スケルツォの後、『運命動機』から変化した同音連打がクレッシェンドで続くうちに、4楽章が始まってしまうこと。もう1つは、第4楽章の途中でその幽霊スケルツォが突然戻ってくることです。これらは本来「ありえないほど変」なことでした。「革新性」というよりむしろ「掟破り」です。

3楽章構成で出発した交響曲は、ベートーヴェンの頃には4楽章構成が定着しています。その4つは本来、テンポが遅くて静かな楽章とか、3拍子でABA構成の楽章とか、それぞれ固有の性格を持っていて、かつ互いに独立した存在であるはずでした。

ところがベートーヴェンは、交響曲第5番の3楽章と4楽章を、切れ目なくつなげてしまいました。どこから第4楽章かは明らかですが、3楽章は完結しません。掟破りその1です。これでは、楽章の独立性が損なわれてしまいます1。しかも、第4楽章の途中で、この楽章と全く異なる性格を持つ第3楽章の一部を再現させました。掟破りその2です。これでは、楽章固有の性格が薄められてしまいます2

ご存知のとおり、これらの掟破りは他の交響曲でさらに徹底されます。第6交響曲《田園》でベートーヴェンは、3、4、5の3つの楽章を一続きに作曲しました。交響曲なのに5つ目の楽章を作ってしまったことや、『標題』を付けてしまったのも、掟破り。また、第9交響曲の終楽章では、先行する3つすべての楽章の一部が再現されます。しかも、なんと歌まで入れてしまったのです! 交響曲って、器楽の、器楽だけのための、ジャンルなのに。

常に新しいことを試み、独創性を追求したベートーヴェン。他人と同じではつまらない! 彼にとって掟は、破るべき存在だったのかもしれませんね。

  1. 1楽章構成の交響曲(モーツァルトの第26番など)は、イタリア風序曲に基づく別の系列です。
  2. これらの掟破り手法はいずれも、後世の作曲家に多用されることになります。前回の定演で演奏したメンデルスゾーンのピアノ協奏曲や、今回のブルッフのヴァイオリン協奏曲は、全楽章が切れ目なしに作られていますが、これにはまた別の理由があります(コラム(19)参照)。また、掟破りその2は、後にロマン派の作曲家が用いる『循環形式』(前の楽章の旋律が後の楽章で使われる、つまり「循環」する形式)の先駆けとみなされています。