モーツァルトの音楽を読み解くキーワード、「自由音楽家」に続くもう1つは「旅」です。35年という短い一生のうち、1/3近くが旅に費やされました。幼いヴォルフガンクの天賦の才能に気づいた父レオポルトは、それを人々に知らしめ、また正しく伸ばすことが、神に与えられた自分の使命と考えたのです。父が計画した旅行は、ベルリン、アムステルダム、ロンドン、ローマ、ナポリにまで及び、この時代に音楽活動が盛んだった地を網羅しています。

旅の目的は、神童披露→オペラ上演→就活へと変わりますが、ヨーロッパ各地への旅を通してモーツァルトは大きく成長していきます。今回は、交響曲に関連する2つの旅について書いてみます。

「西方への大旅行」と呼ばれる、1763年から3年半に及ぶ旅の目的地の一つロンドンで、モーツァルトは最初の交響曲(1764)を作曲しました。レオポルトが重い病気にかかり、ピアノを弾くことを禁じられたので代わりに作曲をしたと、同行した姉ナンネルが後に回想しています。イタリア風序曲型の「急—緩—急」3楽章構成や、明るくはつらつとした旋律などに、ロンドンで親しくなったヨハン・クリスティアン・バッハ(1735〜82。ヨハン・ゼバスティアンの末子)の影響が、はっきり現れています。ところで、この時モーツァルトは何歳?   1756年生まれだから……?  そうです。わずか8歳! でも、シンプルながらチャーミングな交響曲ですよ1

就活のために1777年から翌年にかけて滞在したマンハイムでは、ヨーロッパ随一と言われた宮廷オーケストラのレパートリーや優秀な管楽器奏者たちに、大きな刺激を受けました。新興の楽器クラリネットが加わった交響曲を聴き、父への手紙に、自分たち(のザルツブルク宮廷オーケストラ)にもクラリネット奏者がいたらなあ!と書いています。その足で向かったパリで、公開演奏会シリーズ「コンセール・スピリテュエル」用の音楽を注文されたモーツァルトは、初めてクラリネットを使った交響曲を作りました。ここのオーケストラにも、クラリネット奏者がいたからです。彼が初めからクラリネットを使った交響曲は、《パリ交響曲》と呼ばれるこの31番と、今回聖フィルが取り上げる39番の2曲だけです。

「旅をしない者は、まったく哀れむべき存在です」と、モーツァルトはパリから父に書き送りました。テレビやCDの無い時代。それぞれに異なった状況を呈していたヨーロッパ各都市の、さまざまな音楽に触れ音楽家たちに接し、それらを吸収しながら、モーツァルトの音楽は育まれていったのです。

  1. モーツァルト作曲交響曲第1番変ホ長調 K. 16の第1楽章 Molto Allegro は、ここから試聴できます。http://www.youtube.com/watch?v=lC6eQdeNOjU&feature=related